塾のこと、介護のこと。

プログレスゼミナール

道徳の教育化

 

道徳の教科化が始まるが、評価するのは難しくないだろうか。

広島長崎に原爆が投下された時の紙芝居を先生が見せてくれたと、小学生。
前列の人は、全員机に突っ伏して寝てたと言う。自分は必死で眠いのを我慢したと。
紙芝居を読む先生も、その親世代も戦争を知らない。
紙芝居を読むのも、カリキュラム通りのことだから、読んだまで。
感受性豊かな先生ならまだしも多分ただ、淡々と読んだのだと思う。子供の心に響くはずがない。紙芝居がどうのこうのではなく、眠らなかったすごいでしょうと、的外れなのだ。
そして、どちらも責めることは出来ない。

もう今はそういう辛いこと悲惨なこと悲しいことを聞いて相手の立場を思いやれる人の方が少ないのではないだろうか。
原爆は、こんなに悲惨だったのよと言っても、無駄。
私の父の兄は沖縄で戦死した。沖縄旅行の際平和の礎に行った。父は兄の名をそこに認めて涙が出たと言った。
だがどうだろう?今はただ、レクレーション感覚、ただの観光旅行でしか訪れない家庭が大半ではなかろうか。それでも、道徳の教育化が始まるとなると、たとえ、行かずともパンフレットかネットで資料を集め、戦争は絶対いけないと思いますくらい、平気で書ける子が続出すると思う。
もし、内申にも響くとなれば、ボランテイアなど、金にならないことは、せん!と豪語している生徒も、みんなのためにボランテイアなど、やっていきたいとか、もし、困っている人がいたら力になりたいとか、いじめは根絶するべきだと、いじめをしている張本人まで書くことは考えられる。

福岡県高校入試問題の作文で実際に出た、課題作文。あなたが最近他人のためにしてあげて喜ばれたことを書きなさい。
みんなパニックになったそうです。そんなことした人の方が少ないと思う。機会に恵まれることの方が少ない。
バスで席を譲った、目の不自由な人の手を引いて信号渡ったとか、もう、みんな」必死で嘘を書いたとか。
私は、それでいいとよ、嘘かくしかないやんと言いました。

そもそも、道徳は学校が教えるものではない。家庭の役割。幼い頃から善悪の区別、人への思いやり、礼節などは、既に家庭で学んだうえで、学校に上がるべき。
核家族化したことも原因の一つかもしれない。きちんとしつけをできる年長者が少なくなった。また、スマホの普及による影響。一方通行、コミュニケーション不足、数え上げたらきりがない。せめて、塾の中では、礼儀をわきまえ、人への想いやりなども育ててあげたいと、日夜奮闘するが、どこ吹く風の生徒や、保護者に煙たがられることも度々。

友人が自分たちの時の常識は通用しないよという。世知辛い世の中になった。だから、文科省もこれは、国が乗り出して道徳心を養わなくてはならないと思ったのかもしれない。そこには、確かに共感するものはある。

プロゼミ 小川

欲望を伴わない勉強は記憶を損ない記憶を保存しない

 

「欲望を伴わない勉強は記憶を損ない記憶を保存しない」
この言葉はダーウィンの言葉です。けだし名言。

この時期には、新聞に夏期講習募集チラシが山のように入っています。連日。
どの塾よりも安価な設定。偏差値40の生徒が一気に60に。あるいは、30点のテストが期末では90点に等々。いずれも塾の成果を謳っています。
けれど、私は知っています。
どの塾より安価と謳っている塾生が転塾して言いました。夏期講習20万超えますからやめましたと。
「えっ、お安いと書いてあるじゃないの」
「基本は、です、あくまで。私は、これもこれもと補講を組み込まれてトータル20万超えです」
あら、まあと私。すごいからくり。
「成績が上がらないので」
「でも偏差値40が一気に60って書いてありましたよ」
「うちの子一学期の通知表。1と2しかありませんでした」
あら、まあとまたまた私。

他塾の悪口を言っているのではありません。なぜ、補講が増えるか。そうしないと、学力がつかないから。なぜ、1,2だらけか? 単に勉強不足。

よく、うちの塾の生徒の成績がどんどん上がっているからと、大手塾をやめ転塾してくる人がいます。私は、いつも言います。
私の指導がいいわけではないですよ。本人の努力次第ですよと。
大手塾が合格速報だしますよね?  レベル高い高校にたくさん合格しています。けれど多分もともとやる気のある子ではなかったかと思います。
時折電車の沿線に位置している大手塾の窓越しに勉強している生徒たちの姿を電車の中から目にします。一斉授業。下を向いている人は一人もいません。真剣な顔をして全員黒板の方を見ています。先生の話を聞いています。意識が高いのです。

現在私の塾は完全に二極化しています。一人の生徒に説明をします。今、先生が何を言ったか言ってごらんと、聞くと、答えられません。何一つ聞いていませんでした。
うんうんと頷いていたのにですよ。
もちろんテストの点数は芳しくありませんでした。
もう一人の生徒はそれはそれは熱心に食い入るように私の顔を見つめて話を聞いていました。とても、すばらしい成績をテストでおさめました。
ですから、関係ないんです。本人次第。
高い塾から移ってきた生徒は、私の塾に来てからは一生懸命勉強して、第一志望の高校に合格しました。1,2の子はオール3になり、この生徒も第一志望の高校に入りました。
もちろん個人差がありますから、決して偏差値がたかいこうこうだったわけではありません。だけど、自分の分をわきまえかつ、志望校がそこに到達しないとみたら、頑張って努力して、合格にこぎつけた。素晴らしいことです。

これから、塾に行こうと思っているお友達。
あまりチラシの文言に惑わされず、本当に自分にあった塾を選んでくださいね。
とどのつまり、どの塾もやっていることは、変わりません。
相性が一番かな。
いつも、プンプン私が怒っているので、いやで、やめてしまう人もたくさんいるし、私、怖いけど大丈夫ですか?と前置きしていう私に笑いながら、全然平気ですと、お子様を通わせる保護者もいらっしゃいます。
捨てる神あれば拾う神ありですかね?
いや、ちょっと違うか?(>_<)

プログレスゼミナール 小川

拉致と決断

 

最近教材を買うために書店に行ったら、蓮池薫さんの著書「拉致と決断」に目が留まった。
著者紹介の欄を見ると今までに結構多くの著書がある。少しも知らなかった。
今回目に留まったのは、書店がみんなの目に留まるべく場所に山積みにしていたからである。
商魂たくましいと言おうか、今、まさに米朝会談が史上初で行われようとしており、いまだ救出されていない拉致被害者の存在が改めてクローズアップされたからに他ならない。
しかし、その、おかげで、過酷な北朝鮮での暮らしぶりが手に取るようにわかった。
どんな有識者が語るより実際拉致され、何十年も北で暮らした張本人の語る内容にかなうものはない。

少し、話はずれるが、北野武はせっかく大学に合格したのに、殆ど大学にもいかず、また、一人暮らししていたアパートの家賃も払わず、しばらくぐうたらな生活をしていた。
しかし、アパートを追い出されることもなく、大学も退学にはならなかった。
それは、貧しい生活の中、母親が必死で工面して学費も家賃も滞ることなく払い続けていたからである。
実は、蓮池薫さんも中央大学法学部に在籍中に拉致されたが、お父さんが学費をずっと払い続けていたことを以前何かの報道で知った。蓮池薫さんは帰国後復学し無事卒業したとのこと。
当時、拉致されたかどうかもわからない。ただ、消息が途絶えたという事実のみはあった。
きっと、いつかは再び帰ってくるであろうと信じ、学費を払い続けた親の愛情が手に取るようにわかるエピソードだ。

この、拉致と決断の中にもひしひしと親の愛情が伝わる箇所が至る所にあった。
北朝鮮は、資本主義の国ではない。よって、日本の戦時中のように、食料品も含め生活必需品は全て配給だ。しかも、経済制裁などを受けると配給の量は減らされる。
蓮池さんも相当苦しい生活を強いられたようだ。しかし、それでも、一般の北の人に比べれば十分の食糧が配られていたという。何か有事の際の切り札にしたかったのか、人質は生かしておかないといけなかったのかもしれない。
しかし、子供さんが寮生活を始めるころ自分たちにはある程度食料はあるが、寮ではそれほどふんだんに食べ物はなかったらしい。
だから、自分たちの肉や魚をできるだけ食べずに節約・保存し帰宅した際食べさせてやったらしい。育ち盛りの子供たちは栄養が足らず15、6歳でも12、3歳くらいの身長しかない子供たちで溢れかえっていたとか。
蓮池さんは恐怖を抱く。うちの子供たちもそうなるのではないかと。考えぬいた挙句言った大豆を持たせたそうだ。重要なたんぱく源になる。
1日2回、5、6粒必ず食べろと念を押した。次の休みに身長が伸びてくれることを祈るばかりだったと書かれている。

私は、このくだりで、ほうっとため息をついた。
今の日本で考えられるだろうか。飽食という意味ではない。そこまで、真剣に今の親たちは、子供の栄養を考えること、つまり、カロリー計算したり、野菜と肉のバランスなどを考え料理をこしらえているだろうか。
今は共稼ぎが多いし、母親も忙しい。それこそ、塾に行く子が大半だ。部活が終わり、短い間に夕食をとらなければならない。手の込んだ料理などを作る暇も食べる暇もないのかもしれない。けれど、だからと言ってレトルトご飯を茶碗によそわずパックのまま食卓に出してみたり、全てが冷凍食品でまかなうのは愛情がない気がする。
中には野菜をまるっきり食べない子にサプリで栄養とればいいと肉だけふんだんに食べさせた結果肥満になった子もいると聞いた。
子供の将来を考えるのであれば、決して食生活をおざなりにしてはいけないと思う。
乏しい食料の中で自分たちが食べるものを減らし、ひたすら子供の成長を願い毎日コツコツと食料を残していった蓮池さんに頭が下がる。そして、恥ずかしい。
21世紀を担う人材を育てているのだという自負と責任を我々は自覚せねばならないと思う。

プロゼミ 小川

合格発表と確定申告と脳腫瘍

 


久しぶりの投稿になりました。
昨年度の中3は個人塾にしては大人数。とにかく忙しくて受験間際は大変でした。
ですから、一息ついてから更新するつもりにしていました。
けれど、実はもう一つ。キーボードで文字を打ち込むのが極端に難しくなり、一文字一文字打つのに時間もかかるし疲れる。だから尚更遠ざかってしまいました。そうこうするうちに、簡単な計算ができなくなる。漢字を思い出せない。頭痛がする。問題を解こうとすると頭がしめつけられ、電流が流れたかのように、ピリピリしびれる。
明らかに何かおかしいと感じ始めていました。
両親ともに認知症であることから、自分もそうなったのか、あるいは脳梗塞でもおきているのか、不安は募ります。
けれど、とにかく受験生を最後まできちんと指導すること、そして、公立高校の合格発表が終わるまでは、何としてでもの思いから、歯を食いしばって頑張りました。また、確定申告も書き上げねばと、電卓もうまく使えない中締め切り一日前までに仕上げました。
そして、合格発表の当日3月15日午前中まで待ち、全てが終わった段階で病院に行きました。
MRIを撮った結果は、脳腫瘍でした。大きさはピンポン玉くらいで、かなり大きなものでした。たぶん5年ほどかけて徐々に大きくなったものと思われますと言われました。
手術を早急に行わなければいけませんと日赤を紹介してもらいました。
それからは、慌ただしく過ぎました。新聞の停止・教材発送の停止・玄関マットの交換の停止。毎週来てくれる、クリーニング屋さんへの連絡・母の施設への連絡・そしてペットの猫ちゃんのお世話をどうするか。
また、塾をしばらく休まなければならないことを保護者の方へ塾に来ていただき説明。
色々なことをきれいに解決して、入院致しました。
私が漢字を忘れたり、計算が出来なくなった原因は、脳腫瘍そのものではなく、脳腫瘍が出来たことにより脳を強く圧迫。圧迫された部分に浮腫が生じその、浮腫が引き起こしたものでした。そして、私はその箇所が言語分野であったわけです。もし、前頭葉なら、感情を左右され、暴言などをはいたりするそうです。
手術前に色々な検査と言語や計算の理解力をみるテスト。
手術1日前は、暗算で100から7をまず引き、93からまた7を引いて数を言うテストをしました。残念ながら100から7までしか引けませんでした。そして、手術前なので体を清潔に保つためシャワーを浴びたのですが、どうすれば水が出るのか、お湯になるのか、段取りがさっぱりわからなくなっていました。3月15日に脳腫瘍の診断。そして、3月23日まで、塾。3月29日に手術。23日から6日後に、ここまで来たわけです。
ほんとに、もう、ぎりぎりの状態だったのだなあと、改めて感じました。
手術は当然ですが全身麻酔でしたし、腫瘍はすっかり取り除くことが出来たし、良性でしたので、述語放射線治療もなく、少しずつ日常の生活に今は戻りつつあります。
ただ、問題は開頭手術でしたので、一部剃毛ではありますが、毛、毛毛がない!!
ニット帽などをかぶれば、さも病人という感じです。鬘を購入しました。後頭部に再び毛が生えるまでのしばらくの我慢です。
しかしながら、身内にも医者にも止められたけれど、体力が回復せず歩行も困難だった、退院後一週間塾を再開した私。入院前つまり再開3週間前に宿題を渡し、先取り学習もさせていたのに、蓋をあければ、空白だらけのままの提出。わざと忘れたと言って持ってこない人。先取り学習したところを、もう一度させても抜け落ちている。聞けば、学校でもすでに習っているという。それなのに、何も身についていない。親の心子知らずではありませんが、ほんとにがっかりしました。またまた、ストレスがたまりそうです。
けれど、これまた不思議なのですが、30年間塾を続けているので夜テレビを観る習慣が私にはありません。ですから、自宅でテレビを観たり横になっている方が、きつくて、きつくてたまらないのです。ストレスもたまっているようで実はストレス発散しているのかもしれませんね。いずれにしろ、こうやって、無事退院できたので、また一生懸命生徒の成績・及び人間性アップのために精進してまいります!!
みんながそれに応えてくれるかどうかははなはだ疑問ではありますが(笑)

高校入試結果

公立高校
福岡中央高校・春日高校・柏陵高校・筑紫中央高校
私立高校
大濠高校・東福岡高校 (英数特進・特進・普通)・筑紫女学園・沖学園・九州産業高校(準特進)・海星女学院・福岡女子商業高校・筑紫台高校(総合学科)

今年も悩み多き一年でした。

 

早いもので、もう、師走。受験生にとっては本番が差し迫っています。
昨年までは、何度も保護者と話し合いを重ね、本人の希望をかなえてあげたいという思いと、その子の資質を鑑みて高校選びをしてきました。
けれど、今年は、あまり私に相談されず、あるいは、相談されたとしても、そのあと、私の知らない間にいつの間にか志望校を変更されていたりなどされ、信頼関係が結べなかったことが、少々残念です。
急に変更された方の殆どが一般、つまり、公立希望から専願、つまり、私立のみの希望にされたことです。
しかも、ほぼ、部活がらみです。つまり、さほど受験勉強しなくても、合格できるわけです。私は、部活をすることを悪いといっているわけではありません。体力・精神力・団結力と、色々な力を身に着けることが出来ます。
けれど、変な、特権意識を持つ人が多くなることも事実です。
僕は私は部活で活躍している、上手いんだぞ、だから、勉強なんてやらなくてもいい。部活で高校に行けるからなどと、考えてしまったら、必ず先々で後悔することになります。高校は部活をしに行くわけではありません。将来に役立つ知識や教養を身に着けるために行くのです。
考えてもみてください。スポーツで生きていける人はほんの一握りです。よほどの才能がない限り無理です。また、では、スポーツ選手は何も勉強してこなかったのでしょうか?中には、そういう人もいるでしょう。けれど、教員免許を取得している人、あるいは抜群に語学が堪能な人他に特技がある人などもたくさんいます。
保護者の気持ちもわかります。もし、確実に高校に合格できるのであれば、部活推薦に頼りたくなるのも。
けれど、その途端、まるっきり勉強をしなくなる生徒も多くなるのも事実です。
私は出来れば、部活が手段であってほしい。必死で勉強して、あと少しで希望の高校に入れそう。自分は部活でも活躍している。だから、そのことも生かそうと、考えてほしいのです。部活を目的とした学校選び、あるいは、簡単には入れるためのそちらの方の手段にはしてほしくないのです。
私は、もう少し頑張れば絶対当初希望していた高校に入れるはずだった生徒たちに頑張ってほしかった、安全策に変えてほしくなかった。立ちはだかる高くて厚い壁を打破すべく頑張ってほしかった。背を向けなだらかな道にいってほしくなかった。
私は、目先のことだけでなく将来のことをいつも考えて生徒に指導しているつもり。
例えば、この子は家庭的にめぐまれていないので、将来早めに独り立ちをして、生活しないといけないかもしれない。それなら、普通科でない方がいいのではないか。あるいは、この子は少し、一般常識に欠けるところがある。ルールやマナーを守るということが欠如している。だから、社会性を身に着けたり、女性として最低限知っておくべきことを学ぶために幼児教育や食物調理関係に進むのがいいのではないかとか考えます。
いらぬお世話と言われたらそれまでです。
親が一番子供のことをわかっているのだからとも言われれば、何も返す言葉はありません。

今の私の望みは変ですが、高校で死ぬほど苦労してほしいということです。
勉強をおろそかにしてきたら、こんなに大変なのかということを、身をもって知ってほしい。いや、知るべきだと考えます。
点数UPのためではなく、勉強に真摯に取り組むその姿勢こそが将来困難にぶつかった時に解決できる底力に通じるのです。

プログレスゼミナール 小川文子