塾のこと、介護のこと。

プログレスゼミナール

もうすぐ母の誕生日

 


もうすぐ母の誕生日

今回は久しぶりに介護について書いてみたいと思います。

父の七回忌を昨年済ませ、今年は、このコロナ禍の中、叔母が亡くなりました。91歳でした。母も、18日に、その歳になります。母は、施設にいますが、コロナの影響で面会は禁止。ただ、ラインでのビデオ通話ができましたので、日頃の母の様子は、わかります。でも、認知症も随分進み、ライン電話で「お母さん」と呼び掛けても何の反応も示しません。昨年くらいから、既に私が娘だということは認識していませんでしたが、笑顔はこぼれていました。でも、今はもう、能面のようです。
ただ、ある意味、そっちの方がいいかなというか、よく、ここまでたどり着いたという思いも正直あります。
両親ともに認知症で一人で自宅で介護をしていた時のことを考えると夢のようです。

最近NHKのTV番組で、「デイアペイシェント~絆のカルテ~」というドラマが放映されていました。親愛なる患者様なのでしょうが、実態はモンスターペイシェントに振り回される医師と、その患者たちの物語で、その中に認知症や、介護問題が絡んできます。
その、ドラマを観て、ほんとに、身につまされると言おうか、涙があふれて仕方のない場面がたくさんありました。
ある男性の患者は自分も糖尿病などの持病を抱えている中、介護離職。経済的に困窮する中、一人で、認知症の母親の介護をしています。母親は、ベッドに寝たきり。言葉もろくに発することができないので、息子を呼ぶときは、ベッドの鉄の柵を棒で、ガンガンたたきます。息子が返事するまで、いつまでも、ガンガンとたたき続けます。息子は、いらいらしながらも、母のもとに行き、下の世話もします。
ここで、既に私は、滂沱の涙。普通の人なら、「えっ、ここ、泣くとこ?」と、思うでしょうね。 私、今、この文書いているときにも、涙が出てしまいます。
この、「ガンガン」の音、私にもこびりついています。それは、私が塾で生徒たちを指導しているとき、いつまでも自宅に戻ってこないので、母が自宅のスチール製のドアを棒でたたいているときの音とそっくりでした。
建物の構造を説明しますと、2階が塾で、3階が自宅です。そこで、3階の扉を開き、ガンガン鳴らすのです。当然、生徒はおびえます。へたしたら、塾に乗り込んでくるからです。
出て行けとカバンを投げ捨てられるからです。「おばちゃんが怖い」と、泣いた子もいます。「殺される~!」と叫んで、逃げ帰った子もいました。「やめて頂戴」と言ってもわかるはずはありません。手を変え品を変えながら、おだてたりもして、興奮が収まるのを待つしかありません。私自身ならどんな目にあってもいいのですが、大切なお子様をお預かりしているわけだから、そのお子様を危険な目にあわせてはいけないと、それはそれは必死でした。
また、私が、がんがん鳴らしたことも何度もあります。塾を終え、自宅のドアを開けようとしても、開きません。鍵を閉めているのです。鍵だけなら勿論いいのですが、チェーンをかけているので、入ることができないのです。インターホンを鳴らしても気づきません。高齢者になると、聴力が衰え、高い音は聞きづらくなります。ですから、あの、「ピンポ~ン」は、何度鳴らしても寝ていたら尚更聞こえません。だから、ドアをたたくしかありません。何度も何度も、がんがんと。毎回、両親のどちらかが気づいて、開けるまで1,2時間かかる時もありますし、そもそも、認知症なので、チェーンをかけたのは、自分たちのくせに、外し方がわからないのです。そこで、また、必死で開け方を説明せねばなりません。
そのころの記憶が蘇ってきて、ほんと、泣けて泣けてしょうがありませんでした。
最終回では、いつも、その患者にいちゃもんをつけられる医者が、その患者の家を訪ねます。
劣悪な環境でした。たまたま患者は留守。母親の息子を呼ぶ言葉ではない、喚き声と例のガンガンが響き渡ります。そこへ、息子である患者が戻ってきて、「何しに来た!貧乏人を馬鹿にしにきたのか!」と叫びます。そう言いながら、息子はいつまでも喚き続ける母親のもとに行きます。「わかったから!わかったから!」と、怒鳴りながら。
でも、その手はしっかりと、母親の手を握りしめています。もう、ここで、また涙。
親子って、本当に切っても切れない絆があるんですよね。色々大変な目にあわされても、決して捨てることなんてできないんです。でも、もう、自分自身の生活がいっぱいいっぱいで精神的に耐えられなくなったら、その時は施設を頼っても致し方ないと思うんです。
よく、何も自分たち自身に介護の経験もなく、机上の空論よろしく、施設に親を預ける人たちを鬼畜呼ばわりしますが、決してそんなことは、ありません。姥捨て山だという人もいます。でも、劣悪な環境に一日24時間ベッドの上に寝かされたままの方が、どれだけ人間の尊厳が失われていると思いますか?
実は、この医師も母親が認知症になり、自分は仕事で上京しており、実家の父親と妹に介護を頼むしかなく、罪悪感を感じています。けれど、だからと言って、たくさんの患者を抱えている自分が離職することはできない。結果、その医師の母親も施設に入ります。父親も医師で妹は医療事務などを手伝っており、そこに認知症の母親がいたら、とても仕事にならないからです。
私も、生徒を指導しつつ、常に耳を澄ませていました。父が徘徊するからです。ドアが開き出ていく気配を感じたら、生徒を待たせて、父の徘徊を阻止せねばなりません。また、母親の乱入を防ぐために睡眠薬を飲ませにも行かねばなりませんでした。あとは、母が激高して、「今から火をつけて家じゅうを燃やしてやる!!」とか、言い出すようになってからは、とても一緒には、暮らせないと思いました。もし、本当にそうなれば、人様にも迷惑をかけてしまいます。密集地ですから、瞬く間に一帯は火の海と化します。
また、仕事の間は、両親の面倒が見られませんから、その間、母が下の始末ができずに足に汚物をつけたまま、歩き回っていても気づきません。父がトイレではない場所で用を足しているのもわかりません。塾での指導を終え、ドアを開けたときの異臭で初めて気づきます。
以前も書いたかもしれませんが、ペットも飼っていたので「うん? お父さんかな?
お母さんかな? それとも、ドナちゃんかな?」と考えねばなりません。でも、猫のドナちゃんは、いつもトイレで用を足しますし、粗相をしたことはありませんから、両親のどちらかになります。汚物のついたおむつをそのままどこかに隠しこんでしまう時もありました。早く探さなければ、うじがわきます。このように、特に、誰にも頼ることができず、仕事を抱え、片親のみならず両親の介護を自宅でするのは、困難だし、私は女性だからそこまでにはなりませんでしたが、必ず劣悪な環境に陥ります。ですから、自分のためというよりは、親のためにも施設をお勧めします。もちろん、その際、施設選びは慎重にすることは、言うまでもありません。

今思い返してみても、ほんと、一人で、よく、頑張れたなあと思います。でも、子宮筋腫の手術をした時も、脳腫瘍の手術をした時も当時は大変だったのですが、振り返ってみたら、それはもう遠い昔。まさに忘却の彼方で、介護に関しても同じ。
母が、塾に入ってきて、段ボール箱を指差しながら「新しい生徒さん?」と言ったことや、視力検査で「私の勘じゃ上に穴が開いている」とか、父が「今から電車を買いに行く」と言って、自転車に跨ろうとした時に、母が「いやあ、お父さん、大きすぎて家には、入らん」に対し、「なら、倉庫を借りる」と、一見話の辻褄は合い、私が「今日、電車屋さん、休みだって」というと、「そうか」と素直に自転車を降りたことなどが、懐かしく思い出され、そして、つい吹き出してしまいたくなります。今回のドラマで、辛かったことも少し思い出しましたが、それは、ごく、たまにです。

時が解決してくれるというのは、ほんとに、その通りだと思います。
そして、辛いことよりも、絶対楽しいことの方が、いつまでも心に残るものです。

プロゼミ 小川 文子

オンラインは嫌いだ

 


コロナの影響で、オンライン授業を売りにした塾が続々と登場しています。また、既存の塾でもオンラインとの併用あるいは、オンラインのみの受講者も募集しています。
正直再び感染者が急増し、学校の部活などのクラスター発生に、いわゆるコロナ鬱のようになり、学校に通えていない子供たちもいるようです。

当塾の生徒達も、うつにはなっていませんが、夜になっても暑さが続くこの猛暑、わざわざ通塾したくないなと口にする子もいます。私も、若干思います(笑)

確かにオンラインは便利。以前の投稿でも生徒たちと面白いキャラクターになって、結構楽しんでやれたことも書いています。ただ、あまりにも家庭環境が見えすぎて困ったとも書いています。
けれど、それ以外にも、何か腑に落ちないものを私はずっと感じていました。そして、その理由に最近気づきました。

私は、塾の優先順位を知らず知らずのうちに、勉強以外のことを上位にあげていたのです。
よく、生徒に成績だけUPさせたいなら、学校には行かなくてもいいと考える塾もあるよ。と私は言います。塾で、学校でのまどろっこしい説明を聞かずにさっさと進めた方がどれだけ効率的かと。
中3の3学期は、仮病を使い学校を休む人が増えます。
受験勉強のことだけ考えたら、副教科に費やされる時間などは、無意味になると考え上位校に合格させることのみに心血を注いでいる塾などは、平日も朝から塾生を呼ぶところもあります。
当塾の生徒にも学校に行きたくないと言い出す人がそのころになると出てきます。

だけど、私は行きなさいと言います。学校は勉強をしに行くところではないからです。
友達や先生方の触れ合いなどから、社会に出て役立つ様々なコミュニケーションツールを知らないうちに学べることが一番の目的だと私は、考えます。辛いこと、嫌なこと、理不尽なこともすべて含めて。

このような考えを私は持っているので、塾もオンラインだけにしたくないんです。
よその塾はどうなのかわかりませんが、私は、生徒の勉強の進捗度以外のことも、すごく気になります。
急に言葉遣いが乱暴になったなとか、筆圧が弱くなったなとか、何か悩み事があるんじゃないかなとか、家で何かあったのかなとか、友達とうまくいっていないのかなとか、もう、あとからあとから色々な心配がわいてきます。
特に小学校低学年から中学まで通ってきている子などは、毎年毎年色々な出来事に直面します。
友達がいないとか、いじめられているとか、泣きじゃくる子供たちの話に耳を傾けながらなんとか少しでも力になろうとあれやこれや解決策を示しながら、どうにか乗り越えて、結果子供たちがたくましく成長し強くなったなと思える瞬間のほうがテストの点数が高得点より嬉しかったりする私です。
こういうことって、オンライン授業だけでは、無理がありますよね。
一対一の対面のオンラインでもです。
なんか画面を通してだと、盛り上がり感も見せかけだけで、すごく無機質なものに感じてしまいます。
ソーシャルデイスタンスを守らないといけないので、塾を再開してからは、私の机にはアクリル板を設置していることも前回触れました。
映画館のチケット売り場の窓口のように、そこから生徒はテキストを差し入れます。そして、私が採点してまた返すシステムです。
だけど、そこに向かわず、私が座っているところに直接持ってくる子もいます。
「いやいや、それじゃ、意味ないじゃん」と言いつつ自然に笑みがこぼれます。
スキンシップはまだまだできないけれど、心と心はつながっているという思いを持てるからです。可愛くて可愛くて、ほんと、ぎゅっと抱きしめたくなります。

プロゼミ 小川

学校再開

 


ようやく緊急事態宣言も解除され、学校も分散登校ではありますが、再開されました。
学校がお休みの間、当塾では、3密を防ぐために時間を区切り1人ずつの指導を心がけ、
コロナ感染が深刻さを増してからは、ラインによる、オンライン授業に切り替えました。
これって、相手の画面に自分の顔が、かなりのアップで映し出されるわけで、少々抵抗がありました。みんなの、ぴちぴちのお肌を見るにつけ、がっかりしたり、恥ずかしかったり。
でも、これまた、生徒が教えてくれたのですが、色々なキャラクターに変身できる機能があり、そのたびに、うさぎになったり、猫になったりして、なるべく、生徒の祖母世代の私は、自分の顔をカモフラージュしながら、頑張りました(笑)。
生徒たちは生徒たちで、大口開けてがつがつ、ものを食べるおデブキャラになってみたり、ちびまる子ちゃんのおかっぱ頭になってみたりと、楽しみながら、約2週間、ほぼ、毎日頑張りました。
けれど、オンラインは便利なようで、Wi-Fi設置場所がリビングなどにおいてある場合は、どうしても、他の家族の様子も知らず知らずに映し出され、集中力にかける場面もありました。友達と携帯で大声で話す。あるいは、TVを観る、ピアノを弾く、etc.
こちらからしたら、兄弟が勉強中なのだから、静かにできないものかと思いますが、何となく、気持ちがわかるのです。塾によっては、完全休校、あるいは、塾に行っていない兄弟は、オンライン授業は、おろか、学校以外で学ぶ場所もない。
無意識に嫉妬みたいなものも生まれたのではないでしょうか?

コロナ感染の割合が減り、また、そういうこともあって、また、十分3密にならぬよう、ドアを全開、マスク着用、消毒、私の机の上にはアクリル板の仕切りを置き、塾での指導に切り替えました。

そこで、まず取り組んだのは、塾教材ではなく、まずは、学校から送られてきた宿題プリントです。正直手つかずの子もいたからです。鬼のような怖~い私が見張っていないと、できない子もいるわけで
( ;∀;)

学校側は、特に、公立は、勝手なことはできません。すべて、まずは、文科省の指導の下、教育委員会に通達された内容が、各学校に行き渡って、初めて宿題の作成が始まります。
ですから、とにかく遅い、遅い。
エイプリールフールなのでは、と、日本のみならず、世界中で揶揄された、例の、アベノマスク。ようやく、届きました。巷では、マスク需要が落ち込み、これで、一儲けしようと企てた店は、軒並み在庫の山。投げ売りの状態になっている今届く。

それと同じです。遅れに遅れ、そのあとは、一週間ごとにどっさりと届く。しかも、おうちの方へ、丸投げ。また、家庭に配布した宿題内容は、既に理解済みとみなし、学校では教えないと!!無茶苦茶な話です。

ポイント1: 起きてから寝るまでの生活時間を決めてください。
ポイント2: 子供と話し合って学習時間を決めてください。
ポイント3: 子供が、自分の力で学習に取り組むことができるように見守って下さい。
・「どう思う?」「一緒に考えよう」など、子供が考える時間を大切にする。
・お子様に適した応援の仕方や言葉かけを見つけ、頑張ったところは、しっかりほめる。
上記のように記された教育委員会からのプリント付きでした。

本気で、実行できると、果たして思っているのですか?と私は言いたい。
当然、これまた、文科省のガイドラインに沿って、まとめられ、それを各学校に伝達する。
ただそれだけのこと、マニュアル通りに仕事をしただけではないでしょうか?
私たちは、ちゃんと指示通りにしましたよと、結局はただそれだけのことです。

普段、通常通りに学校生活が送れているときにでも、正直、何も宿題やってこない子もいたはず。していても、答え丸写しの子も大勢いたはず。そういう子供たちは、なおさら、この、状況では、宿題なんてやるはずはありません。
また、家庭環境もあります。共稼ぎ家庭では、とてもじゃないですが、学校の代わりはできません。へとへとに疲れて帰ってきて、家事もこなさないといけない母親にとっては、尚更です。また、うちの生徒の家庭ではありませんが、ネグレクト(育児放棄)・DVに悩む家庭もあるはずです。そこで、親が、「どう思う?」とか、「頑張ったね、よくできたね」とかいう言葉がけをしますか?全く、親身になって考えてよ!と言いたくなります。
中3ともなれば、しっかりした意見も持っています。
9月入学にすべきではないのか、このままで受験まで間に合うのかと、不満も不安も口にします。
私立校では、独自にカリキュラムを考えられますし、資金も潤沢にありますから、随分前からオンライン授業なども始めています。また、IT化に以前から取り組んできた地方都市は公立の場合でもオンライン授業が活発です。

となると、完全に、コロナ世代の子供たちは、格差が生まれてしまうのは間違いありません。
塾の使命は、塾に来てくれている子供達だけでも、将来に向けて、コロナに負けず、この苦難をばねにして一回りも二回りも成長してくれることを願い、その手助けをしていくことだろうと思います。

プロゼミ 小川 文子

コロナの影響で様変わり

 


3月、公立高校受験の月。私立高校は、まだ、卒業する前に合格発表があります。
朝一番にバイク便で学校に運ばれますが、生徒自身が知るのは、放課後。みんな、授業とか上の空で耳に入らないですよね。
最近はインターネットが普及。家庭でもパソコンを持つ家庭が増えました。そんな、ご時世ですので、保護者の方も、私も、9:00の発表と同時に震えた指先でスクロールしていくわけです。
公立は、みんなで、高校に行き、担当者が模造紙を何枚も張り合わせて作成した巻物(笑)を仰々しく開いて張り出していくのを、今や遅しと固唾を飲んで待つわけであります。
そして、自分の受験番号を見つけるや否や、携帯で母親に、そして塾の先生に報告するわけです。
「せんせ~!受かった!」あるいは「ごめんなさい」と言ったきり、号泣する場合もそれは、ある。致し方ない。
私の時代は、公衆電話。10円玉を握りしめて長蛇の列に並ぶ。私の母校は福岡中央高校。自宅から、徒歩15分くらいのところに位置します。最初は、じりじりしながら、順番を待っていましたが、こりゃあ、家に帰って報告したほうが早いと、小走りに帰りました。
母は、てっきり、電話があるものと思っていたので、直帰した私への、第一声は「落ちたろう?」でした(苦笑)
けれど、今回は、濃厚接触を避けるために、450名以上の受験生のいる高校は、ホームページ上で閲覧できる配慮がなされました。
例年ですと、今か今かと、連絡をやきもきしながら、待ったものですが、今年はすぐに自分の目で確かめられます。
9:00と同時に県のホームページを開くまではよかったのですが、そのあと、発表のサイトに飛ぶまでにあたふたしていたら、もう、数分も違わずにラインでの連絡が生徒たちから入り始めました。私の予定としては、いち早く自分の目で生徒の受験番号を見つけ、「やったあ~」と、叫び感涙する予定でしたが、若者には勝てず。感激が半減。若いお母さん方はすぐにサイトが開いたみたいで、やり方を教えてもらいましたが、ちんぷんかんぷんで、教育委員会に電話すれば、若い職員が、「ですからwコロンスラッシュを~」と、これもわからんのかという感じ、いえ、いえ丁寧に教えてくださいました(苦笑)

実は、一人の男子は志望校推薦入学は叶いませんでした。なんと、行先番号を確認せずにバスに乗ってしまい、乗り間違いに気づき試験開始前3分にぎりぎり間に合った子です。
多分、ちょっとそれがマイナスに働いたでしょうね。お母さんの話では、公立入試日も一日間違えていたらしく、もう、その子が「先生」「番号ありました」と、ラインしてきてくれても、そりゃ、この目で見るまでは信じられません。あたふたしながら、ようやく開けた!
あった! よかった! みんなよりは、遅めの感激に浸りました。
また、450名以下の高校や、市立の高校は直接掲示を見に行かねばならなかったので、今度はその子たちの合否の連絡待ちでした。
塾での模擬試験はあまり高得点を採れていなかったので、心配していましたが、案外合格者が多く、嬉しい誤算でした。

コロナの影響で大手塾は軒並み休みとなりました。私も迷いましたが、生徒がさほど多くないこと、そして、自宅では多分ひたすら勉強はできないだろうと、休まないことに決めました。
特に中3は試験前の1週間は、昼も夜も来させました。これが結果的に功を奏したかどうかは、わかりませんが、ほんとに、健康で何事もなく受験が終わったので、ほっと、胸を撫でおろした次第です。

今回の、コロナ騒動。安倍総理にも批判が集まりましたが、誰も経験していないこと、ある意味有事、トランプ大統領は、 “WAR”戦争だと言っています。両親たちが経験した戦争とは比べ物にならないのかもしれないけれど、当時の辛さ・不自由さが少しわかった気がします。そして、間違いなく、このことにより、子供たちの学力が急降下するであろうことも。
生活習慣も乱れるでしょうし、今こそ、家庭の力も問われます。
私も微力ながら学校に行けないでいる生徒たちの学力をキープさせ、また、UPできるようがんばって行きたいと思います。

プロゼミ 小川文子

感情が薄い子供たち

 


みなさん、遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
お久しぶりの投稿になりました。

さて、最近あるTV番組で興味深い話を聞きました。子供の成長を見てもらうために行く健診。
そこで、あるお母さんは先生から、あなたのお子さんは、とても、感情が薄いです。喜怒哀楽がはっきり出せるように、してくださいねと、言われたそうです。
普通、健診といえば、体重が足らないだとか、身長が標準以下だとかを言われる感覚ですよね? きっと、そのお母さんも面食らわれたかもしれませんが、いい先生に出会われたと思います。
それから、お母さんはあることに気づかれました。ある、お笑い芸人がTVの画面に映ると大声で笑うことを。私も好きです。「千鳥」の大悟です。あの、独特の岡山弁で、のらりくらり話すところがたまりません。この、赤ちゃんは通好みですね(笑)粋ですね(^^♪
で、実際会わせてやろうと、ある企画番組に依頼。実際会うことができることになり、いざ、ご対面。すると、ブラウン管(いや、今は違うか、笑)から憧れの人が実際飛び出してきたことに驚いたのか、なんと、号泣。笑顔はついに見られませんでした。けれど、お母さんはそれでも、大喜び。こんなに、大きな声で泣き感情をあらわにしたことが初めてだったから。

今の子供たちも健診の時、そういう先生に出会っていたらなと、私はつくづく感じています。
能面のような子がなんと多いことか。にこりともしなければ、怒りの表情も見せない。
元気いっぱい、「こんにちは、さようなら」の挨拶もできない。魂の抜けたような表情ばかり。
実は、このことが、勉強にも大いに影響します。
福岡県の入試問題の中で英語は全国より、比較的簡単です。特に会話文は点取り問題です。
例えば、「顔色悪いね、どうした?」と聞かれ「おなかが痛いんだ」となれば、「そりゃ、大変だね、お医者には行った?」みたいに、ある程度、スムーズに会話が成立するものです。
きれいな花をみて、「わあ、きれいね、見てみて」となったら、「どれ?わあ、ほんとだ」となってもよさそうなものですが、そもそも、いや別に何とも思わないからとか、言われたら、もう、正解を見つけ出すことは、困難です。顔色悪い子を見ても、何も感じなければ、これまた、正解は見つけ出せない。
感情が希薄だと、コミュニケーションもとれないから、言葉のキャッチボールも不可能。
よく、食事中は私語もせず、TVも観ずに、食事に集中するようにという、躾をなさるご家庭もあります。大声で笑ったり、顔をしかめたりするのは、下品だと教える家もあるかもしれません。慎み深いことと、感情を顔に出さず気持ちを抑えることは違う気がします。
例えば、お葬式の最中にゲラゲラ笑ったら、NGでしょうが、やはり、よく遊び、よく学んで、よく食べて、よく動いて、よくおしゃべりして、笑って、怒って、泣いて、楽しんで人生送ってほしいです。
そういえば、昔、ある知り合いが言っていました。
「私、人が泣いている場面をみたら、ああ、悲しいのか、じゃあ、私も泣こう、あるいは、笑っていたら、楽しいのか、なら、笑おうと思って笑うようにしている。自分には、そんな感情がないから」と。
私はそれを聞いて絶句。はあ~、そんな人もいるんだ。
私は少し、感情コントロールが必要かなと思うくらい、怒ったり、笑ったりしているから。

生きていくうえで何が果たして正解かはわかりませんが、やはり、感情が薄いということは、人生、少しばかり、損をしている気がします。

プロゼミ 小川

合格おめでとう

中村女子高校GIコース(英語重視のコース)
東福岡高校 進学コース

福岡中央高校

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