塾のこと、介護のこと。

プログレスゼミナール

新年あけましておめでとうございます。

 


新年あけましておめでとうございます。

昨年は、コロナウイルスの影響で、世界中が混乱しました。今年こそは、よい年にと願いたいけれども、今までにも増して感染者数が世界中で増えており沈静化には、程遠いようです。
日本には、外国のようにロックダウンができないので、結果的にお願いベースでしかないと、行政は言います。けれど、残念ながら、いくらお願いしますと訴えたところで、自分には関係ないやと思っている人が多いのも事実です。

今日のことですが、電車に乗る前にICカードにチャージしようと、「チャージお願いします」と係の人に千円札とカードを渡し、チャージ後は「ありがとうございます」と言ってカードを受け取りました。次に、また別の女性がチャージするために窓口に向かって行っていたので、何の気なしに見ていると、係の人に無言でお札とカードを渡し、チャージ後も無言のまま受け取っていました。また、食料品売り場で列に並んでいた時、前の人がいつまでも何やらレジの人と話していました。今は、必ず清算前にレジ袋の有無を問われます。その人のかごの中には2点くらいしか入っていなかったので、レジ袋のことをずっと話す必要あるのかな?と思っていると、その人はレジの人と話していたのではなく、携帯相手に向かって話を続けていたのです。今の若者はBluetoothイヤホンで話すため、携帯自体を耳元に置いていないので、まるでレジの人と話しているかのように、見えたのです。これまた、黙ってお札を渡し、いや、携帯相手と話し続けながら、渡して、黙ってお釣りを受け取りレジの人に会釈もすることなく去っていきました。完全に自分たちが優位に立っていて、相手を見下している態度です。確かにお客様は神様ですという言葉も以前流行したように、そこに上下関係は成り立って仕方がないのかもしれません。以前、似たような光景をコンビニでも見たことがあります。その人は、コンビニの近所の保育園の先生でした。お昼休みに昼食を買いに来たのでしょう。私は、その時、この人に指導される園児はかわいそうだと思いました。
今の人たちは、本当に人に対する思いやりや敬意が希薄です。たとえ、こちらが客の立場であっても、やはり人としての接し方は最低限のマナーとして持っておくべきだと私は思います。コロナのことにしても街角インタビューなど聞いていても、「いや、大丈夫でしょ。周りにもコロナの人いないし。緊急事態宣言?別に関係ないです」とあっけらかんとしています。
自分が感染しても勿論困りますが、自分たちの軽はずみな行動がほかの人たちにも感染を広げることになるという自覚などをなぜ持ち合わせることができないのでしょうか?

そして、申し訳ないですが、その人たちって、いったい親御さんからどんな教育を受けてきたのかしらと思ってしまいます。教育とは、学問の知識だけを教え込むのではないはずです。
人として、何が一番大切かを、親御さんは、まず教え込まねばなりません。塾をやっている身としておかしいかもしれませんが、私は、やはりそこが教育の第一歩だと思っています。

相手の立場になって物事を考えるということが、なかなか実行できない人たちの集まりでは、コロナ感染に歯止めはかからないかもしれませんね。 私は、時折、うっかりマスクを忘れてしまい「大丈夫、ならんけん」と言う生徒たちに、冗談めかして「いやいや、あなたたちはならなくても、私に移ったらいかんやろ? 私は高齢者なんだから、重症化する恐れがあるんだから」と言って、塾に常備しているマスクをつけさせます。
みんながみんなを思いやる。ただ、このことだけを実践したら、春ごろには一旦であっても収まるかもしれませんね。

昨年は卒業式も入学式もなし。小6から中1への移行がままならなかった為、基礎学力がついていないままの生徒がとても多いです。学校の5教科の平均点の殆どが50点前後です。中1の一学期の簡単な英語ですら、その有様です。いつも、お年寄りや子供のように、弱者が犠牲になります。辛いですね。 けれど、長い歴史の中で戦争や大災害などありとあらゆる災難を我々日本人は乗り越えてきたのだという、人間の偉大さ、強さも、また、改めて感じることができるいい機会にもなった気がします。
今年こそは、本当に心もぽかぽかになる春が訪れることを願ってやみません。

プロゼミ  小川 文子