塾のこと、介護のこと。

プログレスゼミナール

絶対評価と相対評価

 

数年前からエアコンが入ったからと言う口実で、二学期が一週間前倒しで始まることになりました。誰でもわかるゆとり学習による弊害を取り戻すべく文科省は必死です。
もともと、ゆとり教育にしたことがおかしい。学力は当然下がるのは目に見えている。
また、人と比べるのではなく自分と比べる絶対評価が導入されて、通知表もおかしい結果が生まれてきています。
中3にとって二学期の通知表は、とても大事。内申に影響を及ぼすからです。
一学期低かった人は躍起になっていい点数を採るべく画策中。
40点ほどの点数で体育4、80点で同じく4、70点で5、無茶苦茶です。要するに点数ではなく学習態度、あるいは、本人の頑張りが去年より見て取れたから?
そんなもの、演技で何とでもなります。
だから、私も演技指導に熱が入ります(笑)
帽子は目深に被らない。また、浅すぎてもダメ。整列するときは、だらだらせず駆け足。
廊下ですれ違う時は、挨拶をかかさず、にっこり笑う。
いやだ、いやだと思いながらも教え込まねばなりません。
先生に嫌われたらお終いです。
通知表で仕返しされるからです。
ある、公立高校の教頭先生が以前おっしゃったことがあります。
通知表に2や1がある生徒に関して成績が悪いとは毛頭思いません。
何か風紀面で問題を起こした子だろうと考えますと。
また、所見では生徒に不利なことは書いてはいけないことになっている。だから、あからさまに悪口は書けない。だから、何も誉め言葉をあえて記さないと。ただ、淡々と部活の事や委員会活動の事実のみを記載するそうです。

以前私の塾にいたまじめな女の子。一生懸命に勉強しているのですが、なかなか成果が出ません。けれど、彼女の通知表の点数は素晴らしいものでした。
所見もべた褒め。
結果彼女は無試験の推薦入試で合格しました。
結果それがいいのか悪いのかはわかりません。あまり学力が高くないのに合格してしまったら、ついていけるだろうかと言う心配も正直あります。
しかし、今は大学でも人間重視の試験に切り替えている私立大が多くなってきました。
自分なりに努力をしている生徒を認めるという絶対評価は、そういった面からは素晴らしいものだと、思います。
けれど、反対に普通の生徒なら1時間かかる問題が10分でできたとして、それは、努力していないと、みなすのでしょうか?
それは、それで気の毒な気がします。
もともと、頭いいんだもん。努力しなくてもわかると思う人もいるかもしれません。
そういうところが絶対評価のあいまいなところ。
意欲関心があるという欄にAがある子とBがある子。
Aの子は点数悪いから質問の答えがわからなくてもとりあえず内申稼ぎに挙手をしていると。Bの子は、わかっていても消極的でなかなか手をあげられないと。
それも、個性の一つであり、そこで、意欲がないと決めつけるのはいかがなものか。
先出の生徒の方が私からしたらずる賢い子のような気がして好感が持てません。
にも、かかわらず、そうすべきと言わねばならぬ自分自身にも自己嫌悪。
そんなものなにもなかった昔は古き良き時代。
中学時代気に入らなかった担任にずっと反抗していた私からしたら
なんだか本当に今の子供たちは気の毒です。

でも、仕方ない。二学期また頑張っていこう!!

プロゼミ 小川

拉致被害者の会

 

Icon symbol of struggle and awareness, blue ribbon. Ideal for ed7月8日に福岡で拉致被害者を救う会の集いがあり、参加してきました。
拉致問題担当大臣も福岡県副知事も福岡市長もいらしていました。
けれど、正直原稿棒読みの感、無きにしも非ず。
心がこもっていない気がしました。
実は、私はずっと以前から拉致の件については関心がありました。
被害者もそのご家族もちょうど私の世代の方々です。他人事とは思えませんでした。
特に横山めぐみさんに至っては、まだ、わずか13歳。胸が痛いです。
私は塾でその年代の子供たちを教えています。
めぐみさんもそうですが、若くして特攻隊になりゼロ戦に乗って、玉砕していった若者のことにも特に夏が近づくと思いをはせます。
今の若者は、体たらくすぎる。 甘えすぎ。叱られればしょげるか逆切れ。
「お前たちのために、こんな世の中を作るために彼らはお国の犠牲になったんじゃないぞ!」と怒鳴り散らしたいこともしばしばです。
そして、こんなに幼く、こんなに甘えんぼさんの年頃の子供が、そんな不幸な目にあったのだと思うと、もう、かわいそうすぎて、私が親なら気が狂ったのではなかろうかと思います。

実際被害者の家族の方のお話も伺いました。涙が止まりませんでした。
これは、私も今認知症の親を抱えているから、なおさら身につまされる思いがあったからです。
もう、40年だそうです。拉致が行われてから。一人の後援会の方がおっしゃっていました。
僕が、大学卒業して定年迎えるまでですと。ほんとですよね。人生で一番輝いているときです。
北朝鮮に連れていかれた当事者は勿論のこと、帰還を待ちわびている家族ももう猶予がありません。
松木薫さんのお父様はお母さまの肩に手をかけたまま、息を引き取られたとか。そして、お父様が亡くなられてからお母さまは認知症発生。徘徊もひどくなる一方だったとか。
私の母も認知症ですが、私が娘だとわかっています。薫さんのお母さまも娘さんに「薫はどこ?薫は?」と何度も聞かれたそうです。娘さんは「海の向こうにいるけれど、きっと帰ってくるからね」と、なだめるそうです。
けれど、お母さまは朝から晩まで、海辺のテトラポットに座りずっと息子さんの帰りを待っている。毎日、毎日・・・
そのうち認知症が進み帰りの道がわからなくなってしまい、名札をつけることにした、けれど、その名札も引きちぎる。だから、履物に名前住所電話番号を書いたと。
会場からすすり泣きが聞こえてきました。皆さん私同様身につまされていらっしゃるのがわかります。私と同年代、そしてその親世代が殆ど会場を埋め尽くしていらしたから。ほんとなら、そこに若い人の姿もあってほしかった。まだ、現在進行形の事案です。みんなが我がことのように思ってほしいのです。
その後とうとう病院に入ることになったお母さま。今度は若いスタッフや入院患者に「かおる!」と言ってしがみつくそうです。中には、気性の荒い患者さんもいるようで、時には投げ飛ばされたのか殴られたのか目の周りに青あざをこしらえていたこともあったそうです。
今書いていても涙があふれ出てきます。私の両親とだぶってしまうから。
父もまだ自宅にいるとき私がカギを締めても何度もカギを開けたことがあります。
妹がまだ帰ってきていないからというのです。妹は既に嫁いでいるのに、学生のままだと勘違いしているのです。仕方がないから「今は修学旅行だから」とか言ってなだめます。

薫さんのお母さまはある時から車いすになられます。徘徊もある。へたしたら、病院スタッフがうっかり目を離しているときに外に出るかもしれないし、また、青あざ作るかもしれない。
「足をとりますか?命をとりますか?」と先生に言われたそうです。ですから、はっきりおっしゃいませんでしたが足は拘束されたかもしれませんね。
そして、お母さまも待って待って待ちくたびれて、とうとうこの世を去られたそうです。
娘さんは言われたそうです。天国でお父さんと一緒に薫を探してね。空からの方がよく見えるよと。
横田めぐみさんの弟さんも講演されました。ご両親も随分お年を召され、お父様は特に体調が思わしくないとか。お父様は弟さんの前では決して涙は見せなかったそうです。
ただ、一度、お風呂場でむせび泣いているのを目にしたことはあるそうです。

気が遠くなるような、長い長い歳月。 心が折れそうになるそうです。 そりゃあ、そうですよね。
何とか、今年中に拉致被害者全員の帰国を目指したい!!と大臣も言っていましたが、本当に本当に心底思います。

母の施設に今日も行ってきましたが、正直私のように頻繁に面会に訪れる家族は少ないです。
母の日にカーネーションプレゼントされていた方もごくわずかでした。拉致被害者の家族と違い会おうと思えばいつでも会える環境がどれだけ素晴らしいことかわかってほしい。
もう、みんなと顔なじみの私。ご家族さんの代わりににこにこ愛想を振りまいて参りました(笑)

プロゼミ 小川

東大生

 

akamon最近現役の東大生とクイズで対決するTV番組が始まった。
塾が休みの日に観ると、東大だからどうのこうのではなく一定の知識やひらめきが備わっていれば誰にでも解ける問題が多数あった。
例えば、憲法第25条……そこまでアナウンサーが問題を読み上げたところで、東大生がボタンを押した。その段階で私も答えはすぐにわかった。
憲法25条生存権についての条文だ。国民には「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」である。
すると、聴衆やゲストが驚く。なんで、そんなこと知っているんだと。
おいおい、何を言っているのと私は思う。義務教育中3公民で習ったでしょう。しかも、まじ、ここ点取り問題、絶対テストに出るところ。定期考査前には必ず暗記させる。
つまり、東大生でなくても多分小6でも中3でもわかる。

しかしながら、人間というものは、のど元過ぎれば熱さ忘れるという慣用句があるように、その瞬間瞬間では、しっかり学べていたものが大人になれば必要なくなるのですっかり忘れてしまうのだ。
東大生あるいは、挑戦者たちが一般人と違うのはまさに温故知新。新しいこともどんどん吸収し、反面決して今までに得た知識をちゃらにしないこと。
そして、日ごろから探求心が旺盛であること。
私たちはよく「結局さあ、悪いのはあいつだよね?」とか、「結局ここの答えはこうだよね?」とか、自然に結局という言葉を使う。
この日の問題に結局の由来を問うものがあり、一人の東大生が正解した。ヤマ勘ではなく、彼は、自分たちがよく結局という言葉を使うが、もしかしたら何か面白い由来があるのではと以前興味を抱き調べたのだという。
将棋の対局の終了時勝敗が出た段階で使われている言葉が、結局で、それが一般でも使われるようになったらしい。
ハア~~!! そこだ! そこが凡人とは違うのか! 少しでも何か疑問や関心を持ったらすぐさま調べようというところがすごいと言えばすごいかな。
そうそう、将棋と言えば惜しくも30連勝は、逃したけれど、藤井聡太4段の人気はますます過熱中。
彼が幼少期使っていた玩具をこぞって親は我が子に与えようと購入し現在品切れ状態だとか。また、通っていた幼稚園の教育方法も脚光を浴びている。
私は、このブーム、少し疑問。首をかしげたくなる。
その玩具が、その教育方法がいかに優れていたとしても、それを使う人、そこで学ぶ人自体の問題であって、彼と同じことを我が子に施したところで、我が子にその資質がなければだめだということに気づいていない。
数十年前にいた男子生徒、どこから調べだしたのかわからないデータだが、母親曰く、この名前が一番東大に合格していると。
あやかりたい気持ちはわかる。
でも、ほんと、違いますからと言いたい。
何を与えてもどんな名前にしても、その子が伸びていくためには、もっと他のところを頑張らないといけないと思う。
毎日のきちんとした生活習慣。メリハリのある暮らし。落ち着いた雰囲気の中での家庭での勉強など数え上げたらきりがない。

そして、また、もう一つ気がかりなのは、では、東大に受かればそれでいいのか、有名なプロ棋士になれば、それで万々歳なのかと言うことである。
成績の良しあし、抜きん出た才能の持ち主=人間性の良しあしではない。
人として、一番大切なのは当然だが、人間らしい心を持つことである。

長年塾をやっていると正直成績がいいことを鼻にかける生徒や親御さんはいる。
反対に「うちのような頭の悪い子でも大丈夫ですか?塾に入れますか?」と聞かれたお母さまや、「俺なんか生まれてこなければよかった」などと吐き捨てるようにいった子もいた。
どちらも、間違っている、ダメだ。
けれど両方ともそういう気持ちを抱かせる周囲の環境があるということだ。
特に塾内ではそれが顕著に出る。大切なのは、人に対する思いやりだと言いながらも塾の使命は成績アップ。ジレンマを感じるところではある。
時には驕る様子を見せる子は諫めながら、時には卑下しすぎる子は、おだてたり励ましたりしながら、プロゼミは29年の月日が流れた。

プロゼミ 小川

置かれた場所に咲く

 

Gerbera in the vase『置かれた場所に咲く』

これは、ノートルダム清心女子大学渡辺和子先生の遺された言葉です。

つい最近これを実感したことがありました。
今年も3月に生徒は巣立ち、晴れて全員希望した高校に通うこととなりました。
毎年卒業生は1学期の間は頻繁に訪れ近況報告。
そのうち、段々と足は遠のき顔を見せなくなります。そして、また高3の夏くらいから今度は大学受験の勉強のために塾を自習室代わりに貸してくれと律儀にいくらかの室料を払いやって来るようになります。

今年も同じパターン。高校は1学期から中間テストも実施されるので、新1年も多く自主勉に来ました。みんな高校は別なのでさながら同窓会のようです。彼らが中3の時も卒業生は土、日も自主勉に来ていて、今来るべきはあなたたちでしょう!! と私から言われていた彼らが、やはり高校になると、こうしてやってくる。家では集中できない。また、まだ、塾に行くには早いなどの理由もあり、古巣に帰ってくるのであります。
テストが終わると、また、ぱったり来なくなります。
私としては成績が気になります。
そんなある日、一人のお母さまからメールが。写真が添付。
開くと、お子さんの成績表が、そこには、ありました。
彼は正直偏差値が高い高校に行ったのではありません。しかも、その高校ですらたぶん難しい、受験をあきらめるよう説得されていました。
中学というのは頭がいい子もいれば悪い子もいる。偏差値が70近い高校を希望する子もいれば40以下の高校を希望する子、あるいは、それでも、もっと落とさないとどこの高校にも合格できない子もいます。
ですから、この生徒も度数分布表で成績は表示されていますが、最後から数えたほうが早いくらいの成績でした。
しかも、お母さまは見たことはないんですよとおっしゃる。一応保護者に見せた証拠(?)として、認め印必須及び一筆書かねばいけない学校もあります。だいたい印鑑のありかは子供はわかっているのでしょう。しかも、認め印なら宅配便が来た時のサイン用に誰でも目につくところに置いてあったのかもしれません。
いずれにしても三者面談などから、お母さまも否が応でも子供の成績が悪いことは思い知らされることになります。しかしながら、彼の偉かったところは、きちんと自分の身の丈にあった、そして、自分の好きな学科をはっきり主張したことです。
もう、こうなったら、やるしかありません。担任に無理、高校側からも首を傾げられても、彼の思いを叶えるべく必死で指導。彼も同じく必死で食らいついてきました。
そして、見事合格。しかも、はるかに予想を超えたいい点数でした。
中3の時の頑張りが実を結んだのでしょう。
社会などは91。クラスで8位。コース110名中35位という、見事な成績でした。
かつて成績表を親に見せたことのない彼。見せられたことのない親御さん。
そ、そ、それなのに!! こうやって、メールで送ってくれることになろうとは思いもよりませんでした。だって、最初はそこにも受からないって言われていたんですよ。
まさに努力に勝る天才なし。

1706142そして、そして、置かれた場所で見事に咲いたのです
背伸びをせず、自分の身の丈の高校を選んだことで自信を持つことが出来た彼。
しかしながら、油断禁物。これにおごることなく、これからも日々精進であります。
頑張ってくださいね。

プロゼミ 小川

姪の涙

 

父が亡くなって5年になる。
両親ともに認知症。仕事を持ちながら私一人での在宅介護はやはり大変だった。
机上の空論という言葉がある。
たとえ、介護のいろはを学んだとしても実践に移さねば、ほんとのことはわからないし、ケースバイケース。マニュアル通りに行ったらそんな楽なことはない。
よく、保護者の方からも相談と言うか愚痴を聞いた。
お姑さんを施設にやりたいのだが、ご主人やご主人の身内が反対すると。
お姑さんは認知症。脳こうそく。車いす。気性が荒い。うちの母とそっくり。私は実の母。
いらいらすれば、正直暴言を吐ける。しかし、ご主人の親となると、それもできない。
お風呂に入れるときも重労働で腱鞘炎になったと聞いた。お舅さんは他界しているが、今のご主人の年齢で亡くなられたので、息子なのに夫と勘違いして、浮気をした。愛する夫を奪ったとその保護者の方を殴るという。
身につまされた。
私も母から日傘で殴られ、父もハンマーを振り上げたこともしばしば。
結局施設に入れられた。
私も最終的にはそうした。生徒にも暴力をふるいそうになったから。
それまでの一連の経緯を私は殆ど誰にも相談せず、自分一人で決めた。実の妹は実は介護の仕事に就いている。だけど、あまりうちには来てくれなかった。
一か月に一回でもいいから、せめて、電話をかけて両親を喜ばせてくれと再三再四頼んでもかけてくれなかった。孫たちも最初は頻繁に遊びに来ていたが両親の認知症が進むにつれ足が遠くなったし、来たとしてもぞんざいな口の利き方しかしなかった。
私と街に出かけ服を買ってもらったり食事をごちそうになった後も家には寄ってくれなかった。心待ちにしていた両親に学校の勉強が忙しいいから帰ったよ。でも、お土産預かってきたよと私が何かしら両親の好物を買って渡していた。
泣けて泣けてしょうがなかった。
両親はものすごく貧乏をしていて、私や妹が子供の頃人並みのことがしてやれなかったことをとても悔いていて、孫たちのためにぜいたくすぎるほどのことをしてあげていた。

それなのに……

だんだん疎遠になった。
そして、父が亡くなった。父方の親戚にお前の妹家族は身内ではなく、他人が死んだような顔をしている、俺たちに挨拶もないとも言われた。けれど、お通夜・お葬式・初七日・四十九日・初盆と進んでいくうちに否が応でも妹家族とは会う回数が増えてきた。
妹は父が生きている間あまりお見舞いに来なかったが命日には毎月来るようになった。
毎月来れるなら、なら、なんで、生きているときにもっと来なかったのかとも、思ったが、ちょうど、私と疎遠になっていたころ、自分たちにもいろいろな問題が起こり、心の余裕がなかったらしかった。
もしかしたら、妹も私に相談したいことがあったかもしれない。母に対してぞんざいな態度をとっていた姪たちも、最近はよく母の施設を訪ねるようになった。
まるで、昔のことなどなかったかのように。
正直、私はやりきれないものを感じていたが、友人たちが、それは、もういいんじゃないの?今こうやってお母さんにも会いに行ってくれているのだから、水に流したらと言った。
私も、過去のことを今更持ち出してせっかく今の良好な関係が崩れてもと思いしいて言ううこともないまま、5年が過ぎた。

私は父の死をきっかけに、またもとに戻ったので、きっと父がみんなで仲良くしなさいと天国から見守ってくれているのだろうと思うことにした。きちんとみんながうまくいくように導いてくれているのだろう。
また、今年になり、母が何度か熱を出したが大事には至らなかった。これも、父のおかげかもしれない。

最近姪が、ばあちゃんとこに行く、長寿の色である紫のだるまさんを持って行くと言って訪ねてきた。
母の施設に行く前に昼食を近くのファミリーレストランでとった。その時、それまで、普通に他愛ない話をしていたのに、姪が、今だから言ううけどさ、仲が悪い時期があったやろ? だけん、また、元に戻れてうれしい。やばい、涙出てきた。
ばあちゃんたちが認知症になって、どう接したらいいかわからなくて冷たい態度をとってしまったことをとても後悔している。
今更過去は戻らんけん、今からでもばあちゃん大切にしたいと。
きっと父も喜んでいるだろう。
母は残念ながら私以外はわからない。孫を見ても孫とはわからない。だけど、それでもいいんだろうと思う。決して険しい顔はしていない。穏やかな表情をしている。
過ぎ去った過去の苦い思い出はもう忘れてしまおう。
孫からもらったかわいいだるまさんを見て目を細めている母を見てそう思った。

プロゼミ 小川

2020年 高校合格状況 

みんなよく頑張りました!!

【私立】
東福岡高校 特進・普通
中村女子高校 特進V(特待含む)
純真学園 進学コース
精華女子高校 進学コース
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九州産業大学付属 進学コース

公立】
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