塾のこと、介護のこと。

プログレスゼミナール

欲望を伴わない勉強は記憶を損ない記憶を保存しない

 

「欲望を伴わない勉強は記憶を損ない記憶を保存しない」
この言葉はダーウィンの言葉です。けだし名言。

この時期には、新聞に夏期講習募集チラシが山のように入っています。連日。
どの塾よりも安価な設定。偏差値40の生徒が一気に60に。あるいは、30点のテストが期末では90点に等々。いずれも塾の成果を謳っています。
けれど、私は知っています。
どの塾より安価と謳っている塾生が転塾して言いました。夏期講習20万超えますからやめましたと。
「えっ、お安いと書いてあるじゃないの」
「基本は、です、あくまで。私は、これもこれもと補講を組み込まれてトータル20万超えです」
あら、まあと私。すごいからくり。
「成績が上がらないので」
「でも偏差値40が一気に60って書いてありましたよ」
「うちの子一学期の通知表。1と2しかありませんでした」
あら、まあとまたまた私。

他塾の悪口を言っているのではありません。なぜ、補講が増えるか。そうしないと、学力がつかないから。なぜ、1,2だらけか? 単に勉強不足。

よく、うちの塾の生徒の成績がどんどん上がっているからと、大手塾をやめ転塾してくる人がいます。私は、いつも言います。
私の指導がいいわけではないですよ。本人の努力次第ですよと。
大手塾が合格速報だしますよね?  レベル高い高校にたくさん合格しています。けれど多分もともとやる気のある子ではなかったかと思います。
時折電車の沿線に位置している大手塾の窓越しに勉強している生徒たちの姿を電車の中から目にします。一斉授業。下を向いている人は一人もいません。真剣な顔をして全員黒板の方を見ています。先生の話を聞いています。意識が高いのです。

現在私の塾は完全に二極化しています。一人の生徒に説明をします。今、先生が何を言ったか言ってごらんと、聞くと、答えられません。何一つ聞いていませんでした。
うんうんと頷いていたのにですよ。
もちろんテストの点数は芳しくありませんでした。
もう一人の生徒はそれはそれは熱心に食い入るように私の顔を見つめて話を聞いていました。とても、すばらしい成績をテストでおさめました。
ですから、関係ないんです。本人次第。
高い塾から移ってきた生徒は、私の塾に来てからは一生懸命勉強して、第一志望の高校に合格しました。1,2の子はオール3になり、この生徒も第一志望の高校に入りました。
もちろん個人差がありますから、決して偏差値がたかいこうこうだったわけではありません。だけど、自分の分をわきまえかつ、志望校がそこに到達しないとみたら、頑張って努力して、合格にこぎつけた。素晴らしいことです。

これから、塾に行こうと思っているお友達。
あまりチラシの文言に惑わされず、本当に自分にあった塾を選んでくださいね。
とどのつまり、どの塾もやっていることは、変わりません。
相性が一番かな。
いつも、プンプン私が怒っているので、いやで、やめてしまう人もたくさんいるし、私、怖いけど大丈夫ですか?と前置きしていう私に笑いながら、全然平気ですと、お子様を通わせる保護者もいらっしゃいます。
捨てる神あれば拾う神ありですかね?
いや、ちょっと違うか?(>_<)

プログレスゼミナール 小川

拉致と決断

 

最近教材を買うために書店に行ったら、蓮池薫さんの著書「拉致と決断」に目が留まった。
著者紹介の欄を見ると今までに結構多くの著書がある。少しも知らなかった。
今回目に留まったのは、書店がみんなの目に留まるべく場所に山積みにしていたからである。
商魂たくましいと言おうか、今、まさに米朝会談が史上初で行われようとしており、いまだ救出されていない拉致被害者の存在が改めてクローズアップされたからに他ならない。
しかし、その、おかげで、過酷な北朝鮮での暮らしぶりが手に取るようにわかった。
どんな有識者が語るより実際拉致され、何十年も北で暮らした張本人の語る内容にかなうものはない。

少し、話はずれるが、北野武はせっかく大学に合格したのに、殆ど大学にもいかず、また、一人暮らししていたアパートの家賃も払わず、しばらくぐうたらな生活をしていた。
しかし、アパートを追い出されることもなく、大学も退学にはならなかった。
それは、貧しい生活の中、母親が必死で工面して学費も家賃も滞ることなく払い続けていたからである。
実は、蓮池薫さんも中央大学法学部に在籍中に拉致されたが、お父さんが学費をずっと払い続けていたことを以前何かの報道で知った。蓮池薫さんは帰国後復学し無事卒業したとのこと。
当時、拉致されたかどうかもわからない。ただ、消息が途絶えたという事実のみはあった。
きっと、いつかは再び帰ってくるであろうと信じ、学費を払い続けた親の愛情が手に取るようにわかるエピソードだ。

この、拉致と決断の中にもひしひしと親の愛情が伝わる箇所が至る所にあった。
北朝鮮は、資本主義の国ではない。よって、日本の戦時中のように、食料品も含め生活必需品は全て配給だ。しかも、経済制裁などを受けると配給の量は減らされる。
蓮池さんも相当苦しい生活を強いられたようだ。しかし、それでも、一般の北の人に比べれば十分の食糧が配られていたという。何か有事の際の切り札にしたかったのか、人質は生かしておかないといけなかったのかもしれない。
しかし、子供さんが寮生活を始めるころ自分たちにはある程度食料はあるが、寮ではそれほどふんだんに食べ物はなかったらしい。
だから、自分たちの肉や魚をできるだけ食べずに節約・保存し帰宅した際食べさせてやったらしい。育ち盛りの子供たちは栄養が足らず15、6歳でも12、3歳くらいの身長しかない子供たちで溢れかえっていたとか。
蓮池さんは恐怖を抱く。うちの子供たちもそうなるのではないかと。考えぬいた挙句言った大豆を持たせたそうだ。重要なたんぱく源になる。
1日2回、5、6粒必ず食べろと念を押した。次の休みに身長が伸びてくれることを祈るばかりだったと書かれている。

私は、このくだりで、ほうっとため息をついた。
今の日本で考えられるだろうか。飽食という意味ではない。そこまで、真剣に今の親たちは、子供の栄養を考えること、つまり、カロリー計算したり、野菜と肉のバランスなどを考え料理をこしらえているだろうか。
今は共稼ぎが多いし、母親も忙しい。それこそ、塾に行く子が大半だ。部活が終わり、短い間に夕食をとらなければならない。手の込んだ料理などを作る暇も食べる暇もないのかもしれない。けれど、だからと言ってレトルトご飯を茶碗によそわずパックのまま食卓に出してみたり、全てが冷凍食品でまかなうのは愛情がない気がする。
中には野菜をまるっきり食べない子にサプリで栄養とればいいと肉だけふんだんに食べさせた結果肥満になった子もいると聞いた。
子供の将来を考えるのであれば、決して食生活をおざなりにしてはいけないと思う。
乏しい食料の中で自分たちが食べるものを減らし、ひたすら子供の成長を願い毎日コツコツと食料を残していった蓮池さんに頭が下がる。そして、恥ずかしい。
21世紀を担う人材を育てているのだという自負と責任を我々は自覚せねばならないと思う。

プロゼミ 小川

合格発表と確定申告と脳腫瘍

 


久しぶりの投稿になりました。
昨年度の中3は個人塾にしては大人数。とにかく忙しくて受験間際は大変でした。
ですから、一息ついてから更新するつもりにしていました。
けれど、実はもう一つ。キーボードで文字を打ち込むのが極端に難しくなり、一文字一文字打つのに時間もかかるし疲れる。だから尚更遠ざかってしまいました。そうこうするうちに、簡単な計算ができなくなる。漢字を思い出せない。頭痛がする。問題を解こうとすると頭がしめつけられ、電流が流れたかのように、ピリピリしびれる。
明らかに何かおかしいと感じ始めていました。
両親ともに認知症であることから、自分もそうなったのか、あるいは脳梗塞でもおきているのか、不安は募ります。
けれど、とにかく受験生を最後まできちんと指導すること、そして、公立高校の合格発表が終わるまでは、何としてでもの思いから、歯を食いしばって頑張りました。また、確定申告も書き上げねばと、電卓もうまく使えない中締め切り一日前までに仕上げました。
そして、合格発表の当日3月15日午前中まで待ち、全てが終わった段階で病院に行きました。
MRIを撮った結果は、脳腫瘍でした。大きさはピンポン玉くらいで、かなり大きなものでした。たぶん5年ほどかけて徐々に大きくなったものと思われますと言われました。
手術を早急に行わなければいけませんと日赤を紹介してもらいました。
それからは、慌ただしく過ぎました。新聞の停止・教材発送の停止・玄関マットの交換の停止。毎週来てくれる、クリーニング屋さんへの連絡・母の施設への連絡・そしてペットの猫ちゃんのお世話をどうするか。
また、塾をしばらく休まなければならないことを保護者の方へ塾に来ていただき説明。
色々なことをきれいに解決して、入院致しました。
私が漢字を忘れたり、計算が出来なくなった原因は、脳腫瘍そのものではなく、脳腫瘍が出来たことにより脳を強く圧迫。圧迫された部分に浮腫が生じその、浮腫が引き起こしたものでした。そして、私はその箇所が言語分野であったわけです。もし、前頭葉なら、感情を左右され、暴言などをはいたりするそうです。
手術前に色々な検査と言語や計算の理解力をみるテスト。
手術1日前は、暗算で100から7をまず引き、93からまた7を引いて数を言うテストをしました。残念ながら100から7までしか引けませんでした。そして、手術前なので体を清潔に保つためシャワーを浴びたのですが、どうすれば水が出るのか、お湯になるのか、段取りがさっぱりわからなくなっていました。3月15日に脳腫瘍の診断。そして、3月23日まで、塾。3月29日に手術。23日から6日後に、ここまで来たわけです。
ほんとに、もう、ぎりぎりの状態だったのだなあと、改めて感じました。
手術は当然ですが全身麻酔でしたし、腫瘍はすっかり取り除くことが出来たし、良性でしたので、述語放射線治療もなく、少しずつ日常の生活に今は戻りつつあります。
ただ、問題は開頭手術でしたので、一部剃毛ではありますが、毛、毛毛がない!!
ニット帽などをかぶれば、さも病人という感じです。鬘を購入しました。後頭部に再び毛が生えるまでのしばらくの我慢です。
しかしながら、身内にも医者にも止められたけれど、体力が回復せず歩行も困難だった、退院後一週間塾を再開した私。入院前つまり再開3週間前に宿題を渡し、先取り学習もさせていたのに、蓋をあければ、空白だらけのままの提出。わざと忘れたと言って持ってこない人。先取り学習したところを、もう一度させても抜け落ちている。聞けば、学校でもすでに習っているという。それなのに、何も身についていない。親の心子知らずではありませんが、ほんとにがっかりしました。またまた、ストレスがたまりそうです。
けれど、これまた不思議なのですが、30年間塾を続けているので夜テレビを観る習慣が私にはありません。ですから、自宅でテレビを観たり横になっている方が、きつくて、きつくてたまらないのです。ストレスもたまっているようで実はストレス発散しているのかもしれませんね。いずれにしろ、こうやって、無事退院できたので、また一生懸命生徒の成績・及び人間性アップのために精進してまいります!!
みんながそれに応えてくれるかどうかははなはだ疑問ではありますが(笑)

高校入試結果

公立高校
福岡中央高校・春日高校・柏陵高校・筑紫中央高校
私立高校
大濠高校・東福岡高校 (英数特進・特進・普通)・筑紫女学園・沖学園・九州産業高校(準特進)・海星女学院・福岡女子商業高校・筑紫台高校(総合学科)

今年も悩み多き一年でした。

 

早いもので、もう、師走。受験生にとっては本番が差し迫っています。
昨年までは、何度も保護者と話し合いを重ね、本人の希望をかなえてあげたいという思いと、その子の資質を鑑みて高校選びをしてきました。
けれど、今年は、あまり私に相談されず、あるいは、相談されたとしても、そのあと、私の知らない間にいつの間にか志望校を変更されていたりなどされ、信頼関係が結べなかったことが、少々残念です。
急に変更された方の殆どが一般、つまり、公立希望から専願、つまり、私立のみの希望にされたことです。
しかも、ほぼ、部活がらみです。つまり、さほど受験勉強しなくても、合格できるわけです。私は、部活をすることを悪いといっているわけではありません。体力・精神力・団結力と、色々な力を身に着けることが出来ます。
けれど、変な、特権意識を持つ人が多くなることも事実です。
僕は私は部活で活躍している、上手いんだぞ、だから、勉強なんてやらなくてもいい。部活で高校に行けるからなどと、考えてしまったら、必ず先々で後悔することになります。高校は部活をしに行くわけではありません。将来に役立つ知識や教養を身に着けるために行くのです。
考えてもみてください。スポーツで生きていける人はほんの一握りです。よほどの才能がない限り無理です。また、では、スポーツ選手は何も勉強してこなかったのでしょうか?中には、そういう人もいるでしょう。けれど、教員免許を取得している人、あるいは抜群に語学が堪能な人他に特技がある人などもたくさんいます。
保護者の気持ちもわかります。もし、確実に高校に合格できるのであれば、部活推薦に頼りたくなるのも。
けれど、その途端、まるっきり勉強をしなくなる生徒も多くなるのも事実です。
私は出来れば、部活が手段であってほしい。必死で勉強して、あと少しで希望の高校に入れそう。自分は部活でも活躍している。だから、そのことも生かそうと、考えてほしいのです。部活を目的とした学校選び、あるいは、簡単には入れるためのそちらの方の手段にはしてほしくないのです。
私は、もう少し頑張れば絶対当初希望していた高校に入れるはずだった生徒たちに頑張ってほしかった、安全策に変えてほしくなかった。立ちはだかる高くて厚い壁を打破すべく頑張ってほしかった。背を向けなだらかな道にいってほしくなかった。
私は、目先のことだけでなく将来のことをいつも考えて生徒に指導しているつもり。
例えば、この子は家庭的にめぐまれていないので、将来早めに独り立ちをして、生活しないといけないかもしれない。それなら、普通科でない方がいいのではないか。あるいは、この子は少し、一般常識に欠けるところがある。ルールやマナーを守るということが欠如している。だから、社会性を身に着けたり、女性として最低限知っておくべきことを学ぶために幼児教育や食物調理関係に進むのがいいのではないかとか考えます。
いらぬお世話と言われたらそれまでです。
親が一番子供のことをわかっているのだからとも言われれば、何も返す言葉はありません。

今の私の望みは変ですが、高校で死ぬほど苦労してほしいということです。
勉強をおろそかにしてきたら、こんなに大変なのかということを、身をもって知ってほしい。いや、知るべきだと考えます。
点数UPのためではなく、勉強に真摯に取り組むその姿勢こそが将来困難にぶつかった時に解決できる底力に通じるのです。

プログレスゼミナール 小川文子

お誕生日会

 

母が米寿の年を迎えました。
父より一つ長生きしました。 私の願いが叶いました。
父が天国から見守ってくれているのかもしれません。 母は感極まって涙、涙。
認知症でも感情はしっかり残っているという証拠です。
以前も話しましたが、最近よくテレビで芸能人たちの奮闘記が放送されます。
父が母が認知症になった、奈落の底に突き落とされた。しかし、最後まで介護することを決意した。バリアフリー化も自分自身の手でやるんだ!!
映像を見て、その番組の出演者は拍手喝采。 すごい、偉い、感心だと。
ずいぶん前に、ある大物俳優が父親を老人ホームに入れたことで、ものすごくバッシングを受けたことがあります。彼は、一言も記者たちに世間に対して口を開こうとしませんでした。テレビドラマでも老人ホームを姥捨て山のようなイメージで取り上げる脚本が以前は目立ちました。
けれど、24時間そばについてあげることが出来ないとき、たった一人ぼっちで自宅に置いておくよりも栄養管理・体調管理を毎日してくれて、こんなに母が喜ぶつような毎日を与えてあげることがほんとの親孝行ではないかなと私は思います。フラダンスの男性は施設長です。はにかみながらも、場を盛り上げるために一生懸命でした。
その俳優もきっとそう思ってのことだったのではないでしょうか?

さて、10月は私の誕生日でもありました。 塾に行くと、生徒たちがホワイトボードにお祝いメッセージを書いてくれていました。そして、ハッピーバースデイの合唱です。
来年で塾を始めて30年になりますが、こういう時にほんとに塾を続けてきてよかったと思います。
この中で何が気に入ったかというと、26歳になっているところ(笑)
もう言うことなしです!!

そして、失礼(?)かもしれませんが、このサプライズの中心になってくれた生徒たちが
正直決して成績はよくないということです。
若者が犯罪をおこしたら、あの、優等生がなぜ? あの、名門大学の学生がどうして?というような見出しが紙面を飾ります。
以前、成績が振るわないお子さんをお持ちのお母さまが、憤懣やるかたないという感じで私におっしゃったことがあります。
「じゃあ、先生、頭悪かったら罪を犯しても当然っていうんでしょうか? うちの、子供はとても優しくていい子なのに」と。
私は常々成績が振るわず不貞腐れてしまう生徒に言います。
成績の良しあしと人間性は違うよと。
成績を上げるべく努力は当然しないといけない。
それは、学生の本分だから、怠けてはダメ。だけど、絶対自分をダメ人間と思ってはいけないよと。
この、サプライズも頭がいいから思いついたのではなく優しい心根からのこと。
人にとって、いったい何が一番大切かをこの二つのお誕生日で改めて感じさせられました。

プロゼミ 小川

できる人

 

できる人、できない人
最近になって、ようやくわかってきたことがる。
本来ならもっと前にわかるべきだったのだけど。

成績のいい人は興味関心があらゆる分野において、ある。
例えば、カオスという言葉。正直私は意味が分からなかった。
当然すぐ調べた。この、わからない? なんだろう? どういう意味だろう? と、考えだしたら、気になって仕方がない。だから調べる。意味は、「混とんとした。」
ああ、納得。
では、もし、これを成績下位の子に聞いたとしよう。すると、きっと、わかりませんで、終わりになると思う。だから、調べなさいと指示するとしよう。
調べました。混とんという意味です、と、言うだろう。
だがしかし、私は思う。
では、そもそも、混とんと言う言葉の意味を分かっているのだろうかと。
多分、知らないはずだ。そして、きっと、知らなくても構わないのだと思う。気にも留めないのだと思う。
生徒の父親が今単身赴任で和歌山にいる。彼は、そういうわけで、和歌山のことに詳しい。地理や歴史において。
その時彼の友人たちは、何を考えるだろうか?
成績の良い子は、彼の話す和歌山のことに自然に耳を傾ける。下位の子は、我関せず。しばらく、授業を進め、和歌山の問題を友人たちに振ってみる。
下位の子は、口をぽかんと開けたまま、答えられない。上位の子は、もちろん、答えられるが、答えられずに口を開けた友達自体にぽかんとする。
なんで、わからないんだと。
俺たちの友達のお父さんが住んでいる町。さっき、みかんがとれるとか、白浜海岸とか、徳川の御紋が形どられた柱があるとか、言っていたではないかと。

私は、中3の生徒には、たくさんのプレゼントを入会時にあげる。
特に英語のガイドブックは素晴らしいと私は思っているので、必ずあげる。
英文が読めない子のためにカタカナがふってある。それも、I have aなら、アイハヴァと会話の時のような読み方にしてくれている。
また、大切な文法。連語などが詳細に書いてある。
もし、私が貰ったら、とてもうれしい。よかった、これで、予習復習できる。助かった。頑張ろう!! と、思う。もう、これがあれば、百人力。よ~し、定期テストでいい点とるぞ!! と、もう、テンションMAX。
けれど、下位の子は、聞けば何も利用していない。学校の宿題で単語調べの時などに、ちょちょいと丸写しはやっているようだ。もちろん、そのあと、覚える作業はやっていない。
指導時間を次に考えてみる。
上位の子に1分教えたとしよう。
下位の子は10倍の10分でもわからないから、何回も何時間も教える。だから、上位の子ばかり指導して、下位の子はほっているんだろうと思われたら心外。
その、逆だから。
問題は、やる気スイッチ。
手変え品替えどうにかやる気を引き出そうと試みるが、なかなか、うまくいかない。
永遠の課題だろうなと思う。
それと、正直本当にどうしてもわからない、できない人もいるのかもしれない。
見極めが難しい。
いわゆるグレーゾーンだ。
昔はそれも個性の一つと、とらえられていたと思う。
あの人は勉強はからっきしだけど、足は速いよねとか、歌は下手だけど絵はうまいよねとか、そこで、話は終わっていた。
しかし、最近は、あらゆるものに病名をつけたがる。
そう、診断されたら、ある意味本人も私も楽なのかもしれない。それで、一括りできる。そっか、だから、いくら教えてもわからないんだ。 そうか、だから、僕は勉強ができないんだ、よかった、ほっとした、だって、病気だからと思うんだろうか。
開き直るんだろうか?
それでは、逃げにならないか?
突き詰めていくと、そこもわからなくなる。
けれど、いずれにしても間違いなく言えることは、その子が、人として、周りへの気配り、優しさ、思いやり。可愛らしいものを愛でる心。お年寄りを大切にすること、敬うこと。等々をきちんと備えていること。それが、何よりも一番大事だということ。
そして、そういう人間性を養うのは、まぎれもなく家庭であることを今一度保護者の方には訴えたい。
親の前より私の前でリラックスしている生徒たちが中にはいる。不憫になる。
でも、私の愛情より親の方が上であると信じたい。

プロゼミ 小川

絶対評価と相対評価

 

数年前からエアコンが入ったからと言う口実で、二学期が一週間前倒しで始まることになりました。誰でもわかるゆとり学習による弊害を取り戻すべく文科省は必死です。
もともと、ゆとり教育にしたことがおかしい。学力は当然下がるのは目に見えている。
また、人と比べるのではなく自分と比べる絶対評価が導入されて、通知表もおかしい結果が生まれてきています。
中3にとって二学期の通知表は、とても大事。内申に影響を及ぼすからです。
一学期低かった人は躍起になっていい点数を採るべく画策中。
40点ほどの点数で体育4、80点で同じく4、70点で5、無茶苦茶です。要するに点数ではなく学習態度、あるいは、本人の頑張りが去年より見て取れたから?
そんなもの、演技で何とでもなります。
だから、私も演技指導に熱が入ります(笑)
帽子は目深に被らない。また、浅すぎてもダメ。整列するときは、だらだらせず駆け足。
廊下ですれ違う時は、挨拶をかかさず、にっこり笑う。
いやだ、いやだと思いながらも教え込まねばなりません。
先生に嫌われたらお終いです。
通知表で仕返しされるからです。
ある、公立高校の教頭先生が以前おっしゃったことがあります。
通知表に2や1がある生徒に関して成績が悪いとは毛頭思いません。
何か風紀面で問題を起こした子だろうと考えますと。
また、所見では生徒に不利なことは書いてはいけないことになっている。だから、あからさまに悪口は書けない。だから、何も誉め言葉をあえて記さないと。ただ、淡々と部活の事や委員会活動の事実のみを記載するそうです。

以前私の塾にいたまじめな女の子。一生懸命に勉強しているのですが、なかなか成果が出ません。けれど、彼女の通知表の点数は素晴らしいものでした。
所見もべた褒め。
結果彼女は無試験の推薦入試で合格しました。
結果それがいいのか悪いのかはわかりません。あまり学力が高くないのに合格してしまったら、ついていけるだろうかと言う心配も正直あります。
しかし、今は大学でも人間重視の試験に切り替えている私立大が多くなってきました。
自分なりに努力をしている生徒を認めるという絶対評価は、そういった面からは素晴らしいものだと、思います。
けれど、反対に普通の生徒なら1時間かかる問題が10分でできたとして、それは、努力していないと、みなすのでしょうか?
それは、それで気の毒な気がします。
もともと、頭いいんだもん。努力しなくてもわかると思う人もいるかもしれません。
そういうところが絶対評価のあいまいなところ。
意欲関心があるという欄にAがある子とBがある子。
Aの子は点数悪いから質問の答えがわからなくてもとりあえず内申稼ぎに挙手をしていると。Bの子は、わかっていても消極的でなかなか手をあげられないと。
それも、個性の一つであり、そこで、意欲がないと決めつけるのはいかがなものか。
先出の生徒の方が私からしたらずる賢い子のような気がして好感が持てません。
にも、かかわらず、そうすべきと言わねばならぬ自分自身にも自己嫌悪。
そんなものなにもなかった昔は古き良き時代。
中学時代気に入らなかった担任にずっと反抗していた私からしたら
なんだか本当に今の子供たちは気の毒です。

でも、仕方ない。二学期また頑張っていこう!!

プロゼミ 小川

東大生

 

akamon最近現役の東大生とクイズで対決するTV番組が始まった。
塾が休みの日に観ると、東大だからどうのこうのではなく一定の知識やひらめきが備わっていれば誰にでも解ける問題が多数あった。
例えば、憲法第25条……そこまでアナウンサーが問題を読み上げたところで、東大生がボタンを押した。その段階で私も答えはすぐにわかった。
憲法25条生存権についての条文だ。国民には「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」である。
すると、聴衆やゲストが驚く。なんで、そんなこと知っているんだと。
おいおい、何を言っているのと私は思う。義務教育中3公民で習ったでしょう。しかも、まじ、ここ点取り問題、絶対テストに出るところ。定期考査前には必ず暗記させる。
つまり、東大生でなくても多分小6でも中3でもわかる。

しかしながら、人間というものは、のど元過ぎれば熱さ忘れるという慣用句があるように、その瞬間瞬間では、しっかり学べていたものが大人になれば必要なくなるのですっかり忘れてしまうのだ。
東大生あるいは、挑戦者たちが一般人と違うのはまさに温故知新。新しいこともどんどん吸収し、反面決して今までに得た知識をちゃらにしないこと。
そして、日ごろから探求心が旺盛であること。
私たちはよく「結局さあ、悪いのはあいつだよね?」とか、「結局ここの答えはこうだよね?」とか、自然に結局という言葉を使う。
この日の問題に結局の由来を問うものがあり、一人の東大生が正解した。ヤマ勘ではなく、彼は、自分たちがよく結局という言葉を使うが、もしかしたら何か面白い由来があるのではと以前興味を抱き調べたのだという。
将棋の対局の終了時勝敗が出た段階で使われている言葉が、結局で、それが一般でも使われるようになったらしい。
ハア~~!! そこだ! そこが凡人とは違うのか! 少しでも何か疑問や関心を持ったらすぐさま調べようというところがすごいと言えばすごいかな。
そうそう、将棋と言えば惜しくも30連勝は、逃したけれど、藤井聡太4段の人気はますます過熱中。
彼が幼少期使っていた玩具をこぞって親は我が子に与えようと購入し現在品切れ状態だとか。また、通っていた幼稚園の教育方法も脚光を浴びている。
私は、このブーム、少し疑問。首をかしげたくなる。
その玩具が、その教育方法がいかに優れていたとしても、それを使う人、そこで学ぶ人自体の問題であって、彼と同じことを我が子に施したところで、我が子にその資質がなければだめだということに気づいていない。
数十年前にいた男子生徒、どこから調べだしたのかわからないデータだが、母親曰く、この名前が一番東大に合格していると。
あやかりたい気持ちはわかる。
でも、ほんと、違いますからと言いたい。
何を与えてもどんな名前にしても、その子が伸びていくためには、もっと他のところを頑張らないといけないと思う。
毎日のきちんとした生活習慣。メリハリのある暮らし。落ち着いた雰囲気の中での家庭での勉強など数え上げたらきりがない。

そして、また、もう一つ気がかりなのは、では、東大に受かればそれでいいのか、有名なプロ棋士になれば、それで万々歳なのかと言うことである。
成績の良しあし、抜きん出た才能の持ち主=人間性の良しあしではない。
人として、一番大切なのは当然だが、人間らしい心を持つことである。

長年塾をやっていると正直成績がいいことを鼻にかける生徒や親御さんはいる。
反対に「うちのような頭の悪い子でも大丈夫ですか?塾に入れますか?」と聞かれたお母さまや、「俺なんか生まれてこなければよかった」などと吐き捨てるようにいった子もいた。
どちらも、間違っている、ダメだ。
けれど両方ともそういう気持ちを抱かせる周囲の環境があるということだ。
特に塾内ではそれが顕著に出る。大切なのは、人に対する思いやりだと言いながらも塾の使命は成績アップ。ジレンマを感じるところではある。
時には驕る様子を見せる子は諫めながら、時には卑下しすぎる子は、おだてたり励ましたりしながら、プロゼミは29年の月日が流れた。

プロゼミ 小川

置かれた場所に咲く

 

Gerbera in the vase『置かれた場所に咲く』

これは、ノートルダム清心女子大学渡辺和子先生の遺された言葉です。

つい最近これを実感したことがありました。
今年も3月に生徒は巣立ち、晴れて全員希望した高校に通うこととなりました。
毎年卒業生は1学期の間は頻繁に訪れ近況報告。
そのうち、段々と足は遠のき顔を見せなくなります。そして、また高3の夏くらいから今度は大学受験の勉強のために塾を自習室代わりに貸してくれと律儀にいくらかの室料を払いやって来るようになります。

今年も同じパターン。高校は1学期から中間テストも実施されるので、新1年も多く自主勉に来ました。みんな高校は別なのでさながら同窓会のようです。彼らが中3の時も卒業生は土、日も自主勉に来ていて、今来るべきはあなたたちでしょう!! と私から言われていた彼らが、やはり高校になると、こうしてやってくる。家では集中できない。また、まだ、塾に行くには早いなどの理由もあり、古巣に帰ってくるのであります。
テストが終わると、また、ぱったり来なくなります。
私としては成績が気になります。
そんなある日、一人のお母さまからメールが。写真が添付。
開くと、お子さんの成績表が、そこには、ありました。
彼は正直偏差値が高い高校に行ったのではありません。しかも、その高校ですらたぶん難しい、受験をあきらめるよう説得されていました。
中学というのは頭がいい子もいれば悪い子もいる。偏差値が70近い高校を希望する子もいれば40以下の高校を希望する子、あるいは、それでも、もっと落とさないとどこの高校にも合格できない子もいます。
ですから、この生徒も度数分布表で成績は表示されていますが、最後から数えたほうが早いくらいの成績でした。
しかも、お母さまは見たことはないんですよとおっしゃる。一応保護者に見せた証拠(?)として、認め印必須及び一筆書かねばいけない学校もあります。だいたい印鑑のありかは子供はわかっているのでしょう。しかも、認め印なら宅配便が来た時のサイン用に誰でも目につくところに置いてあったのかもしれません。
いずれにしても三者面談などから、お母さまも否が応でも子供の成績が悪いことは思い知らされることになります。しかしながら、彼の偉かったところは、きちんと自分の身の丈にあった、そして、自分の好きな学科をはっきり主張したことです。
もう、こうなったら、やるしかありません。担任に無理、高校側からも首を傾げられても、彼の思いを叶えるべく必死で指導。彼も同じく必死で食らいついてきました。
そして、見事合格。しかも、はるかに予想を超えたいい点数でした。
中3の時の頑張りが実を結んだのでしょう。
社会などは91。クラスで8位。コース110名中35位という、見事な成績でした。
かつて成績表を親に見せたことのない彼。見せられたことのない親御さん。
そ、そ、それなのに!! こうやって、メールで送ってくれることになろうとは思いもよりませんでした。だって、最初はそこにも受からないって言われていたんですよ。
まさに努力に勝る天才なし。

1706142そして、そして、置かれた場所で見事に咲いたのです
背伸びをせず、自分の身の丈の高校を選んだことで自信を持つことが出来た彼。
しかしながら、油断禁物。これにおごることなく、これからも日々精進であります。
頑張ってくださいね。

プロゼミ 小川

しつけとは

 

170510最近塾の前の道に小さな自転車、ペダルなしだが、乗り捨てられている。
塾の生徒曰くペダルなしなのは幼児が乗るものだとか。
ある日その自転車に乗っている子を発見。
黄色い帽子に黄色いカバーをつけたランドセル。一目で小1とわかる。
しかも、帽子にランドセルのままだということは、一度も家に帰っていないことになる。
「あなた、まず、一度家に帰って帽子をとってランドセルも置いてきてから、遊びなさい。だいいち、どうして家に置いておかないの?」
「1階にしかないの」 自転車の置き場所のこと?
「じゃあ、家の玄関の前まで持っていけば?」
私の問いかけには返事せず、そのまま、乗り捨てて彼女は自分の家に帰っていった。
案の定例のマンションだった。
指定日以外のゴミ出し頻繁。明らかに風俗関係とわかる人たちの出入りも激しい。
管理会社も匙を投げ何度も変わった。結局自然にそういう住人が集まってしまった。
お母さんは働いているみたい。首からカギをぶら下げていた。お母さんが働いている家庭は確か学校帰りも学童クラブかなにかでしばらくは面倒を見てくれるはず。
もともと、申し込まなかったのか、はたまた最初から、申し込まなかったのか。
2日くらいは放置されていた、その自転車に、久しぶりに乗っているのを見かけた。
そして、また、乗り捨てていた。
いったい、どんなお母さんだろうかと思ってしまう。
お帰り。うがいして、手を洗ったらテーブルの上のおやつを食べてね。それから、宿題をちゃんとしてから、遊びに行くのよなどと、置手紙してくれているだろうか?
片手で軽々と抱えられる自転車なので、私が、そのマンションの入り口に戻した。
それから、また、数日してから、自転車が私の塾の前に乗り捨てられていた。
まるでいたちごっこ。
親の顔も知らないし、とにかく私が声をかけていこうと思う。
おせっかいかと思うけれど、この子の行く末を思うと今のうちに何とかしてあげたい。

今、確かにお母さん方は忙しい。専業主婦などはごくわずか。
でも、忙しくても最低限のルール・マナーは教えてあげないといけない。それが、親の務め。我が子の将来を思えば頑張ってほしい。

電車の中での出来事にも少し眉をひそめることが。
私立中入試でもさせるのか、祭日の移動中の電車内でも時間が惜しいのか、窓を机代わりに一心不乱で低学年の男子が算数を解いていた。解き終わると、母親に渡す。母親はにこりともせず、カバンから筆箱を取り出すと採点を始めた。
ふつう、今どきのお母さんはスマホ。時には子供のこともそっちのけで夢中で携帯の画面を見ている。これも、まあ、いただけない話ではあるが、ある意味こちらの方が人間味を感じる。
抑揚のない声で子供の間違いを指摘する母親.ほんとに、これぽっちも笑みは浮かんでない。
電車の中で勉強すること、させること、何も悪くない。
ただ、靴は、履いたまま。
通路側に背を向け机に窓をしているのだから、必然的に両足は座席に触れる。
靴を脱がせることから始めないといけないのではないか。
計算の間違いを指摘するために公共の場におけるマナーを教えるべきではないか。

東大出身の人たちによるクイズ合戦も最近流行っているが、クイズの内容は正直長く生きているものならある程度答えられる問題。もっと、掘り進んだ専門知識はもちろん答えられはしないが、それを学んだものにとってはしごく簡単。驚嘆すべきことではない。
福岡の私立女子高の中村学園を作った、中村ハル先生の言葉。

「人間は頭の良しあしや学力の優劣よりも人物が出来ていることが基本である。」

まさにそれに尽きる。
我が子にはまず社会的ルールを身につけさせ、人に対する思いやりの大切さを説き、最後に学問だと私は思う。

プロゼミ 小川

2020年 高校合格状況 

みんなよく頑張りました!!

【私立】
東福岡高校 特進・普通
中村女子高校 特進V(特待含む)
純真学園 進学コース
精華女子高校 進学コース
大牟田高校 総合学科
九州産業大学付属 進学コース

公立】
福岡中央高校
筑紫中央高校
福翔高校
柏陵高校
福岡女子高校
福岡工業高校建築科

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