塾のこと、介護のこと。

プログレスゼミナール

今年も悩み多き一年でした。

 

早いもので、もう、師走。受験生にとっては本番が差し迫っています。
昨年までは、何度も保護者と話し合いを重ね、本人の希望をかなえてあげたいという思いと、その子の資質を鑑みて高校選びをしてきました。
けれど、今年は、あまり私に相談されず、あるいは、相談されたとしても、そのあと、私の知らない間にいつの間にか志望校を変更されていたりなどされ、信頼関係が結べなかったことが、少々残念です。
急に変更された方の殆どが一般、つまり、公立希望から専願、つまり、私立のみの希望にされたことです。
しかも、ほぼ、部活がらみです。つまり、さほど受験勉強しなくても、合格できるわけです。私は、部活をすることを悪いといっているわけではありません。体力・精神力・団結力と、色々な力を身に着けることが出来ます。
けれど、変な、特権意識を持つ人が多くなることも事実です。
僕は私は部活で活躍している、上手いんだぞ、だから、勉強なんてやらなくてもいい。部活で高校に行けるからなどと、考えてしまったら、必ず先々で後悔することになります。高校は部活をしに行くわけではありません。将来に役立つ知識や教養を身に着けるために行くのです。
考えてもみてください。スポーツで生きていける人はほんの一握りです。よほどの才能がない限り無理です。また、では、スポーツ選手は何も勉強してこなかったのでしょうか?中には、そういう人もいるでしょう。けれど、教員免許を取得している人、あるいは抜群に語学が堪能な人他に特技がある人などもたくさんいます。
保護者の気持ちもわかります。もし、確実に高校に合格できるのであれば、部活推薦に頼りたくなるのも。
けれど、その途端、まるっきり勉強をしなくなる生徒も多くなるのも事実です。
私は出来れば、部活が手段であってほしい。必死で勉強して、あと少しで希望の高校に入れそう。自分は部活でも活躍している。だから、そのことも生かそうと、考えてほしいのです。部活を目的とした学校選び、あるいは、簡単には入れるためのそちらの方の手段にはしてほしくないのです。
私は、もう少し頑張れば絶対当初希望していた高校に入れるはずだった生徒たちに頑張ってほしかった、安全策に変えてほしくなかった。立ちはだかる高くて厚い壁を打破すべく頑張ってほしかった。背を向けなだらかな道にいってほしくなかった。
私は、目先のことだけでなく将来のことをいつも考えて生徒に指導しているつもり。
例えば、この子は家庭的にめぐまれていないので、将来早めに独り立ちをして、生活しないといけないかもしれない。それなら、普通科でない方がいいのではないか。あるいは、この子は少し、一般常識に欠けるところがある。ルールやマナーを守るということが欠如している。だから、社会性を身に着けたり、女性として最低限知っておくべきことを学ぶために幼児教育や食物調理関係に進むのがいいのではないかとか考えます。
いらぬお世話と言われたらそれまでです。
親が一番子供のことをわかっているのだからとも言われれば、何も返す言葉はありません。

今の私の望みは変ですが、高校で死ぬほど苦労してほしいということです。
勉強をおろそかにしてきたら、こんなに大変なのかということを、身をもって知ってほしい。いや、知るべきだと考えます。
点数UPのためではなく、勉強に真摯に取り組むその姿勢こそが将来困難にぶつかった時に解決できる底力に通じるのです。

プログレスゼミナール 小川文子

お誕生日会

 

母が米寿の年を迎えました。
父より一つ長生きしました。 私の願いが叶いました。
父が天国から見守ってくれているのかもしれません。 母は感極まって涙、涙。
認知症でも感情はしっかり残っているという証拠です。
以前も話しましたが、最近よくテレビで芸能人たちの奮闘記が放送されます。
父が母が認知症になった、奈落の底に突き落とされた。しかし、最後まで介護することを決意した。バリアフリー化も自分自身の手でやるんだ!!
映像を見て、その番組の出演者は拍手喝采。 すごい、偉い、感心だと。
ずいぶん前に、ある大物俳優が父親を老人ホームに入れたことで、ものすごくバッシングを受けたことがあります。彼は、一言も記者たちに世間に対して口を開こうとしませんでした。テレビドラマでも老人ホームを姥捨て山のようなイメージで取り上げる脚本が以前は目立ちました。
けれど、24時間そばについてあげることが出来ないとき、たった一人ぼっちで自宅に置いておくよりも栄養管理・体調管理を毎日してくれて、こんなに母が喜ぶつような毎日を与えてあげることがほんとの親孝行ではないかなと私は思います。フラダンスの男性は施設長です。はにかみながらも、場を盛り上げるために一生懸命でした。
その俳優もきっとそう思ってのことだったのではないでしょうか?

さて、10月は私の誕生日でもありました。 塾に行くと、生徒たちがホワイトボードにお祝いメッセージを書いてくれていました。そして、ハッピーバースデイの合唱です。
来年で塾を始めて30年になりますが、こういう時にほんとに塾を続けてきてよかったと思います。
この中で何が気に入ったかというと、26歳になっているところ(笑)
もう言うことなしです!!

そして、失礼(?)かもしれませんが、このサプライズの中心になってくれた生徒たちが
正直決して成績はよくないということです。
若者が犯罪をおこしたら、あの、優等生がなぜ? あの、名門大学の学生がどうして?というような見出しが紙面を飾ります。
以前、成績が振るわないお子さんをお持ちのお母さまが、憤懣やるかたないという感じで私におっしゃったことがあります。
「じゃあ、先生、頭悪かったら罪を犯しても当然っていうんでしょうか? うちの、子供はとても優しくていい子なのに」と。
私は常々成績が振るわず不貞腐れてしまう生徒に言います。
成績の良しあしと人間性は違うよと。
成績を上げるべく努力は当然しないといけない。
それは、学生の本分だから、怠けてはダメ。だけど、絶対自分をダメ人間と思ってはいけないよと。
この、サプライズも頭がいいから思いついたのではなく優しい心根からのこと。
人にとって、いったい何が一番大切かをこの二つのお誕生日で改めて感じさせられました。

プロゼミ 小川

できる人

 

できる人、できない人
最近になって、ようやくわかってきたことがる。
本来ならもっと前にわかるべきだったのだけど。

成績のいい人は興味関心があらゆる分野において、ある。
例えば、カオスという言葉。正直私は意味が分からなかった。
当然すぐ調べた。この、わからない? なんだろう? どういう意味だろう? と、考えだしたら、気になって仕方がない。だから調べる。意味は、「混とんとした。」
ああ、納得。
では、もし、これを成績下位の子に聞いたとしよう。すると、きっと、わかりませんで、終わりになると思う。だから、調べなさいと指示するとしよう。
調べました。混とんという意味です、と、言うだろう。
だがしかし、私は思う。
では、そもそも、混とんと言う言葉の意味を分かっているのだろうかと。
多分、知らないはずだ。そして、きっと、知らなくても構わないのだと思う。気にも留めないのだと思う。
生徒の父親が今単身赴任で和歌山にいる。彼は、そういうわけで、和歌山のことに詳しい。地理や歴史において。
その時彼の友人たちは、何を考えるだろうか?
成績の良い子は、彼の話す和歌山のことに自然に耳を傾ける。下位の子は、我関せず。しばらく、授業を進め、和歌山の問題を友人たちに振ってみる。
下位の子は、口をぽかんと開けたまま、答えられない。上位の子は、もちろん、答えられるが、答えられずに口を開けた友達自体にぽかんとする。
なんで、わからないんだと。
俺たちの友達のお父さんが住んでいる町。さっき、みかんがとれるとか、白浜海岸とか、徳川の御紋が形どられた柱があるとか、言っていたではないかと。

私は、中3の生徒には、たくさんのプレゼントを入会時にあげる。
特に英語のガイドブックは素晴らしいと私は思っているので、必ずあげる。
英文が読めない子のためにカタカナがふってある。それも、I have aなら、アイハヴァと会話の時のような読み方にしてくれている。
また、大切な文法。連語などが詳細に書いてある。
もし、私が貰ったら、とてもうれしい。よかった、これで、予習復習できる。助かった。頑張ろう!! と、思う。もう、これがあれば、百人力。よ~し、定期テストでいい点とるぞ!! と、もう、テンションMAX。
けれど、下位の子は、聞けば何も利用していない。学校の宿題で単語調べの時などに、ちょちょいと丸写しはやっているようだ。もちろん、そのあと、覚える作業はやっていない。
指導時間を次に考えてみる。
上位の子に1分教えたとしよう。
下位の子は10倍の10分でもわからないから、何回も何時間も教える。だから、上位の子ばかり指導して、下位の子はほっているんだろうと思われたら心外。
その、逆だから。
問題は、やる気スイッチ。
手変え品替えどうにかやる気を引き出そうと試みるが、なかなか、うまくいかない。
永遠の課題だろうなと思う。
それと、正直本当にどうしてもわからない、できない人もいるのかもしれない。
見極めが難しい。
いわゆるグレーゾーンだ。
昔はそれも個性の一つと、とらえられていたと思う。
あの人は勉強はからっきしだけど、足は速いよねとか、歌は下手だけど絵はうまいよねとか、そこで、話は終わっていた。
しかし、最近は、あらゆるものに病名をつけたがる。
そう、診断されたら、ある意味本人も私も楽なのかもしれない。それで、一括りできる。そっか、だから、いくら教えてもわからないんだ。 そうか、だから、僕は勉強ができないんだ、よかった、ほっとした、だって、病気だからと思うんだろうか。
開き直るんだろうか?
それでは、逃げにならないか?
突き詰めていくと、そこもわからなくなる。
けれど、いずれにしても間違いなく言えることは、その子が、人として、周りへの気配り、優しさ、思いやり。可愛らしいものを愛でる心。お年寄りを大切にすること、敬うこと。等々をきちんと備えていること。それが、何よりも一番大事だということ。
そして、そういう人間性を養うのは、まぎれもなく家庭であることを今一度保護者の方には訴えたい。
親の前より私の前でリラックスしている生徒たちが中にはいる。不憫になる。
でも、私の愛情より親の方が上であると信じたい。

プロゼミ 小川

絶対評価と相対評価

 

数年前からエアコンが入ったからと言う口実で、二学期が一週間前倒しで始まることになりました。誰でもわかるゆとり学習による弊害を取り戻すべく文科省は必死です。
もともと、ゆとり教育にしたことがおかしい。学力は当然下がるのは目に見えている。
また、人と比べるのではなく自分と比べる絶対評価が導入されて、通知表もおかしい結果が生まれてきています。
中3にとって二学期の通知表は、とても大事。内申に影響を及ぼすからです。
一学期低かった人は躍起になっていい点数を採るべく画策中。
40点ほどの点数で体育4、80点で同じく4、70点で5、無茶苦茶です。要するに点数ではなく学習態度、あるいは、本人の頑張りが去年より見て取れたから?
そんなもの、演技で何とでもなります。
だから、私も演技指導に熱が入ります(笑)
帽子は目深に被らない。また、浅すぎてもダメ。整列するときは、だらだらせず駆け足。
廊下ですれ違う時は、挨拶をかかさず、にっこり笑う。
いやだ、いやだと思いながらも教え込まねばなりません。
先生に嫌われたらお終いです。
通知表で仕返しされるからです。
ある、公立高校の教頭先生が以前おっしゃったことがあります。
通知表に2や1がある生徒に関して成績が悪いとは毛頭思いません。
何か風紀面で問題を起こした子だろうと考えますと。
また、所見では生徒に不利なことは書いてはいけないことになっている。だから、あからさまに悪口は書けない。だから、何も誉め言葉をあえて記さないと。ただ、淡々と部活の事や委員会活動の事実のみを記載するそうです。

以前私の塾にいたまじめな女の子。一生懸命に勉強しているのですが、なかなか成果が出ません。けれど、彼女の通知表の点数は素晴らしいものでした。
所見もべた褒め。
結果彼女は無試験の推薦入試で合格しました。
結果それがいいのか悪いのかはわかりません。あまり学力が高くないのに合格してしまったら、ついていけるだろうかと言う心配も正直あります。
しかし、今は大学でも人間重視の試験に切り替えている私立大が多くなってきました。
自分なりに努力をしている生徒を認めるという絶対評価は、そういった面からは素晴らしいものだと、思います。
けれど、反対に普通の生徒なら1時間かかる問題が10分でできたとして、それは、努力していないと、みなすのでしょうか?
それは、それで気の毒な気がします。
もともと、頭いいんだもん。努力しなくてもわかると思う人もいるかもしれません。
そういうところが絶対評価のあいまいなところ。
意欲関心があるという欄にAがある子とBがある子。
Aの子は点数悪いから質問の答えがわからなくてもとりあえず内申稼ぎに挙手をしていると。Bの子は、わかっていても消極的でなかなか手をあげられないと。
それも、個性の一つであり、そこで、意欲がないと決めつけるのはいかがなものか。
先出の生徒の方が私からしたらずる賢い子のような気がして好感が持てません。
にも、かかわらず、そうすべきと言わねばならぬ自分自身にも自己嫌悪。
そんなものなにもなかった昔は古き良き時代。
中学時代気に入らなかった担任にずっと反抗していた私からしたら
なんだか本当に今の子供たちは気の毒です。

でも、仕方ない。二学期また頑張っていこう!!

プロゼミ 小川

東大生

 

akamon最近現役の東大生とクイズで対決するTV番組が始まった。
塾が休みの日に観ると、東大だからどうのこうのではなく一定の知識やひらめきが備わっていれば誰にでも解ける問題が多数あった。
例えば、憲法第25条……そこまでアナウンサーが問題を読み上げたところで、東大生がボタンを押した。その段階で私も答えはすぐにわかった。
憲法25条生存権についての条文だ。国民には「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」である。
すると、聴衆やゲストが驚く。なんで、そんなこと知っているんだと。
おいおい、何を言っているのと私は思う。義務教育中3公民で習ったでしょう。しかも、まじ、ここ点取り問題、絶対テストに出るところ。定期考査前には必ず暗記させる。
つまり、東大生でなくても多分小6でも中3でもわかる。

しかしながら、人間というものは、のど元過ぎれば熱さ忘れるという慣用句があるように、その瞬間瞬間では、しっかり学べていたものが大人になれば必要なくなるのですっかり忘れてしまうのだ。
東大生あるいは、挑戦者たちが一般人と違うのはまさに温故知新。新しいこともどんどん吸収し、反面決して今までに得た知識をちゃらにしないこと。
そして、日ごろから探求心が旺盛であること。
私たちはよく「結局さあ、悪いのはあいつだよね?」とか、「結局ここの答えはこうだよね?」とか、自然に結局という言葉を使う。
この日の問題に結局の由来を問うものがあり、一人の東大生が正解した。ヤマ勘ではなく、彼は、自分たちがよく結局という言葉を使うが、もしかしたら何か面白い由来があるのではと以前興味を抱き調べたのだという。
将棋の対局の終了時勝敗が出た段階で使われている言葉が、結局で、それが一般でも使われるようになったらしい。
ハア~~!! そこだ! そこが凡人とは違うのか! 少しでも何か疑問や関心を持ったらすぐさま調べようというところがすごいと言えばすごいかな。
そうそう、将棋と言えば惜しくも30連勝は、逃したけれど、藤井聡太4段の人気はますます過熱中。
彼が幼少期使っていた玩具をこぞって親は我が子に与えようと購入し現在品切れ状態だとか。また、通っていた幼稚園の教育方法も脚光を浴びている。
私は、このブーム、少し疑問。首をかしげたくなる。
その玩具が、その教育方法がいかに優れていたとしても、それを使う人、そこで学ぶ人自体の問題であって、彼と同じことを我が子に施したところで、我が子にその資質がなければだめだということに気づいていない。
数十年前にいた男子生徒、どこから調べだしたのかわからないデータだが、母親曰く、この名前が一番東大に合格していると。
あやかりたい気持ちはわかる。
でも、ほんと、違いますからと言いたい。
何を与えてもどんな名前にしても、その子が伸びていくためには、もっと他のところを頑張らないといけないと思う。
毎日のきちんとした生活習慣。メリハリのある暮らし。落ち着いた雰囲気の中での家庭での勉強など数え上げたらきりがない。

そして、また、もう一つ気がかりなのは、では、東大に受かればそれでいいのか、有名なプロ棋士になれば、それで万々歳なのかと言うことである。
成績の良しあし、抜きん出た才能の持ち主=人間性の良しあしではない。
人として、一番大切なのは当然だが、人間らしい心を持つことである。

長年塾をやっていると正直成績がいいことを鼻にかける生徒や親御さんはいる。
反対に「うちのような頭の悪い子でも大丈夫ですか?塾に入れますか?」と聞かれたお母さまや、「俺なんか生まれてこなければよかった」などと吐き捨てるようにいった子もいた。
どちらも、間違っている、ダメだ。
けれど両方ともそういう気持ちを抱かせる周囲の環境があるということだ。
特に塾内ではそれが顕著に出る。大切なのは、人に対する思いやりだと言いながらも塾の使命は成績アップ。ジレンマを感じるところではある。
時には驕る様子を見せる子は諫めながら、時には卑下しすぎる子は、おだてたり励ましたりしながら、プロゼミは29年の月日が流れた。

プロゼミ 小川

置かれた場所に咲く

 

Gerbera in the vase『置かれた場所に咲く』

これは、ノートルダム清心女子大学渡辺和子先生の遺された言葉です。

つい最近これを実感したことがありました。
今年も3月に生徒は巣立ち、晴れて全員希望した高校に通うこととなりました。
毎年卒業生は1学期の間は頻繁に訪れ近況報告。
そのうち、段々と足は遠のき顔を見せなくなります。そして、また高3の夏くらいから今度は大学受験の勉強のために塾を自習室代わりに貸してくれと律儀にいくらかの室料を払いやって来るようになります。

今年も同じパターン。高校は1学期から中間テストも実施されるので、新1年も多く自主勉に来ました。みんな高校は別なのでさながら同窓会のようです。彼らが中3の時も卒業生は土、日も自主勉に来ていて、今来るべきはあなたたちでしょう!! と私から言われていた彼らが、やはり高校になると、こうしてやってくる。家では集中できない。また、まだ、塾に行くには早いなどの理由もあり、古巣に帰ってくるのであります。
テストが終わると、また、ぱったり来なくなります。
私としては成績が気になります。
そんなある日、一人のお母さまからメールが。写真が添付。
開くと、お子さんの成績表が、そこには、ありました。
彼は正直偏差値が高い高校に行ったのではありません。しかも、その高校ですらたぶん難しい、受験をあきらめるよう説得されていました。
中学というのは頭がいい子もいれば悪い子もいる。偏差値が70近い高校を希望する子もいれば40以下の高校を希望する子、あるいは、それでも、もっと落とさないとどこの高校にも合格できない子もいます。
ですから、この生徒も度数分布表で成績は表示されていますが、最後から数えたほうが早いくらいの成績でした。
しかも、お母さまは見たことはないんですよとおっしゃる。一応保護者に見せた証拠(?)として、認め印必須及び一筆書かねばいけない学校もあります。だいたい印鑑のありかは子供はわかっているのでしょう。しかも、認め印なら宅配便が来た時のサイン用に誰でも目につくところに置いてあったのかもしれません。
いずれにしても三者面談などから、お母さまも否が応でも子供の成績が悪いことは思い知らされることになります。しかしながら、彼の偉かったところは、きちんと自分の身の丈にあった、そして、自分の好きな学科をはっきり主張したことです。
もう、こうなったら、やるしかありません。担任に無理、高校側からも首を傾げられても、彼の思いを叶えるべく必死で指導。彼も同じく必死で食らいついてきました。
そして、見事合格。しかも、はるかに予想を超えたいい点数でした。
中3の時の頑張りが実を結んだのでしょう。
社会などは91。クラスで8位。コース110名中35位という、見事な成績でした。
かつて成績表を親に見せたことのない彼。見せられたことのない親御さん。
そ、そ、それなのに!! こうやって、メールで送ってくれることになろうとは思いもよりませんでした。だって、最初はそこにも受からないって言われていたんですよ。
まさに努力に勝る天才なし。

1706142そして、そして、置かれた場所で見事に咲いたのです
背伸びをせず、自分の身の丈の高校を選んだことで自信を持つことが出来た彼。
しかしながら、油断禁物。これにおごることなく、これからも日々精進であります。
頑張ってくださいね。

プロゼミ 小川

しつけとは

 

170510最近塾の前の道に小さな自転車、ペダルなしだが、乗り捨てられている。
塾の生徒曰くペダルなしなのは幼児が乗るものだとか。
ある日その自転車に乗っている子を発見。
黄色い帽子に黄色いカバーをつけたランドセル。一目で小1とわかる。
しかも、帽子にランドセルのままだということは、一度も家に帰っていないことになる。
「あなた、まず、一度家に帰って帽子をとってランドセルも置いてきてから、遊びなさい。だいいち、どうして家に置いておかないの?」
「1階にしかないの」 自転車の置き場所のこと?
「じゃあ、家の玄関の前まで持っていけば?」
私の問いかけには返事せず、そのまま、乗り捨てて彼女は自分の家に帰っていった。
案の定例のマンションだった。
指定日以外のゴミ出し頻繁。明らかに風俗関係とわかる人たちの出入りも激しい。
管理会社も匙を投げ何度も変わった。結局自然にそういう住人が集まってしまった。
お母さんは働いているみたい。首からカギをぶら下げていた。お母さんが働いている家庭は確か学校帰りも学童クラブかなにかでしばらくは面倒を見てくれるはず。
もともと、申し込まなかったのか、はたまた最初から、申し込まなかったのか。
2日くらいは放置されていた、その自転車に、久しぶりに乗っているのを見かけた。
そして、また、乗り捨てていた。
いったい、どんなお母さんだろうかと思ってしまう。
お帰り。うがいして、手を洗ったらテーブルの上のおやつを食べてね。それから、宿題をちゃんとしてから、遊びに行くのよなどと、置手紙してくれているだろうか?
片手で軽々と抱えられる自転車なので、私が、そのマンションの入り口に戻した。
それから、また、数日してから、自転車が私の塾の前に乗り捨てられていた。
まるでいたちごっこ。
親の顔も知らないし、とにかく私が声をかけていこうと思う。
おせっかいかと思うけれど、この子の行く末を思うと今のうちに何とかしてあげたい。

今、確かにお母さん方は忙しい。専業主婦などはごくわずか。
でも、忙しくても最低限のルール・マナーは教えてあげないといけない。それが、親の務め。我が子の将来を思えば頑張ってほしい。

電車の中での出来事にも少し眉をひそめることが。
私立中入試でもさせるのか、祭日の移動中の電車内でも時間が惜しいのか、窓を机代わりに一心不乱で低学年の男子が算数を解いていた。解き終わると、母親に渡す。母親はにこりともせず、カバンから筆箱を取り出すと採点を始めた。
ふつう、今どきのお母さんはスマホ。時には子供のこともそっちのけで夢中で携帯の画面を見ている。これも、まあ、いただけない話ではあるが、ある意味こちらの方が人間味を感じる。
抑揚のない声で子供の間違いを指摘する母親.ほんとに、これぽっちも笑みは浮かんでない。
電車の中で勉強すること、させること、何も悪くない。
ただ、靴は、履いたまま。
通路側に背を向け机に窓をしているのだから、必然的に両足は座席に触れる。
靴を脱がせることから始めないといけないのではないか。
計算の間違いを指摘するために公共の場におけるマナーを教えるべきではないか。

東大出身の人たちによるクイズ合戦も最近流行っているが、クイズの内容は正直長く生きているものならある程度答えられる問題。もっと、掘り進んだ専門知識はもちろん答えられはしないが、それを学んだものにとってはしごく簡単。驚嘆すべきことではない。
福岡の私立女子高の中村学園を作った、中村ハル先生の言葉。

「人間は頭の良しあしや学力の優劣よりも人物が出来ていることが基本である。」

まさにそれに尽きる。
我が子にはまず社会的ルールを身につけさせ、人に対する思いやりの大切さを説き、最後に学問だと私は思う。

プロゼミ 小川

丸天うどん?!

 

170412最近久しぶりに塾内で泣いてしまいました。それは、前学年の復習テスト。
採点をしていて、涙が止まらなくなってしまったのです。
「どうしたと?」「全部間違えとった?」
不安そうにたたみかけて聞いてきます。
そうじゃない。ほとんど正解していたので、あとからあとから涙があふれてきたのです。
その子は、あっ!そうそう、このブログの表紙を飾っている、まさにこの男の子です。
この生徒は小1でやってきました。早生まれの小1です。どれだけ、幼かったかわかるでしょう?  本来なら幼稚園の年長さんですよ。
私の塾の卒業生で、既に社会人になっている人の親御さんからの紹介でやってきました。
学校の成績がなかなか伸びない。担任の先生からも心配の声がと。
でも、まだまだこれからですよ。少しやんちゃそうですが、大丈夫ですとお預かりしました。
言葉のキャッチボールはできるし、とんちもきくし、決して知能が低いお子さんとは最初から思いませんでした。
けれど、とにかく気分屋、気持ちが乗らないと、てこでも動かない。泣き叫ぶ。
塾から脱走する。  テストの時は抱っこして最初はさせました。
帰る時はおんぶして階下におろしました。
でも、この子は大器晩成型だと信じて飴と鞭を使い分け、おうちの方が、ご迷惑かけるならやめさせてもと言われた時も引き留めて・・・
今年4年生。「もう、4年生やけんね、俺も。」と、顔つきもしっかりしてきました。
この子に付き添いの意味でやってきたお兄ちゃんも今年中1。
最初は、一歩引いているところがありました。弟に遠慮すらしていました。
あくまで、自分は弟の黒子という立ち位置でした。 けれど、週1の通塾が週2に、そして、小6では、英語も習いはじめ週3回に。 そして、英語で悪戦苦闘しつつも英検5級合格し、新中1で入塾してきた子と自分が比べ物にならないくらい学力差がついていることを実感し、すっかり自信に満ち溢れた顔つきに変貌しました。
やはり、本当にこういう時塾をやっていてよかったなあとつくづく思います。

さて、今回の題名の「丸天うどん」、それが、どう、この話と関わっているのか?
それは、( ;∀;)  教師が涙をいったいどんな時に流すのかということです。
私は、子供の成長に涙を流しました。
しかしながら、ある小学校の担任の先生は、丸天うどんで涙を流したというのです。
「先生、丸天事件話したっけ?」と生徒。 「えっ? どういうこと?」と私。
聞けば、その子の担任の先生は週に3回は泣くそうです。そのうちの1回が、この、丸天事件。
何でもクラスで一番偉いのは担任らしい。 だから、給食も一番に担任に配らなくてはいけない決まり。ところが、ある日のこと、給食当番が最初に配り忘れ、しかも、担任に渡した、丸天うどんの丸天が、浮いてなくて沈んでいたとか。
で、何気なく生徒が、先生の丸天沈んでいると言って笑ったそうです。
すると!! 先生が、な、な、なんと激高!! そして、もう、みんなと同じ教室で食べるのはいやだと泣き叫んだそうな!
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことですね。
例えば塾に高校の先生がお菓子のお土産を持ってきてくれたとする。そしたら、まずは、小学生に好きなものをとらせ、次に中学生。そして、私は最後。それって、あたりまえですよね?
その先生は終業式の日に。みんな私に迷惑をかけたから一人ずつ謝ってくださいと言ったそうです。
言葉悪くてごめんなさい。
謝るのはお前だろうが!!と言いたい。
いったい、いつからこんなになったのかな?
でも、考えたら私の時代も体操服忘れた男子に下着のまましろ!と命令した先生がいたな。グレーのブリーフ姿が今でも目に焼き付いている。かわいそうだった。

今塾が多いのは勉強の遅れを取り戻すためでもなく受験のためでもなく、もしかしたら、学校ではもう習うことのできない人に対する思いやりとか、わけ隔てをしない博愛の心を知るために来ているのかもしれませんね。
道徳を教科化しても教える側がそんなふうなら、絶対子供の心には響かないでしょう。

プロゼミ 小川

桜咲く!!

 

桜咲く公立高校の合格発表です。
今年は3名が一般受験。
筑紫中央高校 1名 柏陵高校 2名
無事に合格。ほっとしたところです。
柏陵高校の二人は順当。筑紫中央の生徒は正直心配でした。どうしても模擬試験ではA判定はおろか、BやCで、私も親御さんもワンランク落とすように勧めました。
本人が行きたいことは重々承知。けれど、お兄さんも今年の春から東京の大学に進学。金銭面で、かなり大変だとか。私立も特進コースに合格しているし、どちらに転んでもいいわけですが、そういう事情から最後の最後まで親御さんも悩まれました。
けれど、彼女の意志は固かった。
見事合格の一報。 私もお母さんも泣いてしまいました。
その後本人からも電話。聞けば、自分より成績の良い人が不合格だったと。
その合否の分かれ目はいったい何だったのか。
多分内申書です。彼女は十分すぎる内申点でした。不合格の子は低かったらしいです。

内申点って、どうだろう? そもそも、内申重視になったのは、本番で日ごろの実力がだせないままに終わる場合もある。つまり、今回のように普段の成績はいいのに思うように力が出せない子のために設けられたのです。そして、主要5教科だけではなく、副教科・生徒会・部活・ボランティアなど多岐にわたり、生徒の人となりをみようというわけです。
私たちの時代は一発勝負。内申なんて、関係なかった。だから、先生に反抗しまくりでも大丈夫(笑)
私は反抗したわけではありませんが結構正義感が強かったのでこちらが間違いなく正しいと思ったことはたとえ相手が教師でも、まあ、食ってかかりました。この性格は大人になっても変わらず、最初務めた幼稚園でも園長に反抗。次にアルバイトで入った市役所でも、反抗。次に入った会社でも(笑) そこの会社では、「お、小川さん、今の電話の相手部長よね?」とおろおろして聞きました。
「はい、そうですけど!」 でも、それがどうした?って感じでした。
ところが、内申重視になり中学生は、ほんとやりにくくなりました。
ある、老人ホームは名ばかりのボランティアが増えて困っていると嘆き、内申稼ぎのために生徒会役員に立候補する生徒が増え。
また、点数だけでなく発表もプラス点になるので、答えがわからなくてもやたらに挙手する子も。
私は私で先生に嫌われたらお終いよ、いつも、にこにこしておくのよと言い、女の子にはなるべく斜め45度で上目遣いで先生を見ろとか、へんな指導までする始末。
そんな媚びを売るのはまっぴらごめんという生徒もいます。よくわかります。私も本来はその口ですから。
けれど、たとえば、私の塾で内申が良かった生徒たちは、全然不自然な仕草はしていない。本当にまじめに取り組み礼儀正しく言葉遣いもきちんとしていました。本当にいい子たちでした。
ですから、筑紫中央受験した生徒も随分内申に助けられたと思うし、とてもうれしい。
でも、その反面ふびんなくらい一生懸命やっている様子に痛々しさも感じました。
なんだか内申という得体のしれない、いや、間違いなく知れている魔物にがんじがらめにされている気がしてなりませんでした。
けれど、そこから逃れても結局は入試に失敗するのが関の山。いい加減で、この悪しき採点方法を変えてほしいものです。
今年も新中3に私は言います。いくら、点数よくても内申悪かったらだめよ。先生に嫌われないようにね。一年間は演技しなさい。できれば、体育祭のブロック長や、応援団長になりなさい。合唱コンクールでは指揮者になりなさい。わからなくてもいいから手をあげなさい。いざと言う時は答えを写していいから提出期限までに宿題を出しなさいと。この答えを写して云々は実際担任からいわれた生徒もいます。
昔は正義感にあふれていたこの私がなんともはや、嘆かわしい限りです。こんな指導をしないといけないなんて(泣)
しかしながら、本当に行きたい高校に行くためにはそうするしかありません。
筑紫中央に合格した生徒のことを別の親御さんが「受かったんですか!!執念ですね!!」とおっしゃいました。私もそう思います。その、親御さんのお子さんも最初は筑紫中央希望でしたが断念しました。その、お子さんにもある意味執念を感じました。彼は、何としてでも公立に行きたかったのです。ですから、レベルを下げることを不本意だとは思っていません。
今日も弾む声で合格を報告してくれました!!
よかった、とにかく、よかった、ただ、その一言に尽きる。彼らの将来に幸あれ!!と、祈るばかりです。

プロゼミ 小川

個別授業主体に戻ります。

 

昨年度中3は一斉授業を多く取り入れて、より高みを目指す塾に生まれ変わる予定でした。
しかしながら、やはり、どうしても一斉授業は難しかった・・・
掛かりつけのお医者さんのところに夏期講習時期や受験間際に胃薬を毎回貰いに行く話は度々したと思います。その先生が「成績のいい子は小川さんのところには来ない。もっと、大手の有名な塾に行くよ。だから、心労から来る胃痛はなかなか治らないかも」と、おっしゃいました。一瞬あれ?生徒にも私にも失礼なこと言ってる?と思いましたが、そうではありませんでした。「他の塾で成績が伸びなかった人が塾を変わって、別の塾へと言うよりは、小川さんを頼ってくるとよ。小川さんに何とかしてもらいたいと、藁をも掴む気持ちで来るとよ。だから、仕方ないよな、頼ってくるんだから」と、付け加えられました。
ある意味目から鱗。 そうだよな、今までだってそうだった。みんな色々な塾に行ってもだめで、駆け込み寺のような感じでプロゼミにやってきていたな。原点に戻るべきだと思い知らされました。私のような個人塾に課せられた使命は、やはりそういうところにあるのだと。
昨年度もそういうわけで、個別を主にやりました。そして、最初は無理だと学校の先生にも言われていた志望校にも合格しました。それこそ、大手塾のような偏差値がすこぶる高い高校へ合格する人はいませんでしたが、みんな頑張りました。
褒めてあげたいと思います。みんなの喜ぶ顔を見るために、また気持ち新たに頑張ります。

プロゼミ 小川

170227