人は病気で死ぬのではなく、寿命で死ぬ。
人は病気で死ぬのではなく、寿命で死ぬ。
これは、母がよく口にしていた言葉です。
私も最近つくづく思います。
母の施設には100歳の人も多くいます。95歳で、足腰がしっかりしていて、今でも颯爽と歩かれる方もいます。
そうかと、思えば、母より、ずっと若い人が寝たきりの場合もあります。胃ろうをしていて、普通の食事ができない人もいました。この方は気の毒でした。楽しいおやつの時間も何も口にすることができないから。
寝たきりの人も勿論かわいそうです。
けれど、あら? いつのまにか胃ろうの人が普通の食事に変わっている。
寝たきりの人が車いすになっている!!
スタッフさん曰く正直お年寄りには将来がないと思われるかもしれませんが、こういう奇跡もあるのです。だから、決してあきらめたらいけないんですよと。
ほんとうに母の言ったとおりです。
けれど….
普通の椅子に座っていらした方が車いす、そしてリクライニングの車いすに変わり、点滴の管が痛々しく細い腕に…
この方を見ていたら自然に涙があふれてきました。
もう、まさに骨と皮。
血管、動脈も静脈も透き通って見えて息も絶え絶えです。奇跡は、もう起こらないかも。
この施設は私の友人から紹介されました。義理のお父さんがいらしたのですが、亡くなられました。義理のお母さんはご存命ながら、今病院の施設におられ、私の母がいる施設への入居を希望しておられます。
まだ、空いてないやろう?と友人。 つらいですね。 誰かがもちろん転居も可能性ありますが、亡くなるのを待つしかありません。
脳死判定の時も自分の身内が脳死状態なら、決して脳死を認めたくないし、反対に自分の身内が脳死患者からの臓器提供を望んでいたら、、、。
立場立場で考え方も違ってきます。
今、私が出来ることやるべきことはありふれた日常の一環として淡々と母の施設通いを続け、そこで、目にする知り合いになった方々の死も受け入れ悼み、そしてまた、新しい明日を過ごすだけ。
母との穏やかな日常が長く続くことを祈るだけ。
春になったので少し華やかな服を買ってあげた。
外面の良い母は、私には仏頂面だけど、スタッフさんには、にこにこ。
でも、つまり、まだ、母は私を娘と認識しているってことね!!
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