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プログレスゼミナール

拉致被害者の会

 

Icon symbol of struggle and awareness, blue ribbon. Ideal for ed7月8日に福岡で拉致被害者を救う会の集いがあり、参加してきました。
拉致問題担当大臣も福岡県副知事も福岡市長もいらしていました。
けれど、正直原稿棒読みの感、無きにしも非ず。
心がこもっていない気がしました。
実は、私はずっと以前から拉致の件については関心がありました。
被害者もそのご家族もちょうど私の世代の方々です。他人事とは思えませんでした。
特に横山めぐみさんに至っては、まだ、わずか13歳。胸が痛いです。
私は塾でその年代の子供たちを教えています。
めぐみさんもそうですが、若くして特攻隊になりゼロ戦に乗って、玉砕していった若者のことにも特に夏が近づくと思いをはせます。
今の若者は、体たらくすぎる。 甘えすぎ。叱られればしょげるか逆切れ。
「お前たちのために、こんな世の中を作るために彼らはお国の犠牲になったんじゃないぞ!」と怒鳴り散らしたいこともしばしばです。
そして、こんなに幼く、こんなに甘えんぼさんの年頃の子供が、そんな不幸な目にあったのだと思うと、もう、かわいそうすぎて、私が親なら気が狂ったのではなかろうかと思います。

実際被害者の家族の方のお話も伺いました。涙が止まりませんでした。
これは、私も今認知症の親を抱えているから、なおさら身につまされる思いがあったからです。
もう、40年だそうです。拉致が行われてから。一人の後援会の方がおっしゃっていました。
僕が、大学卒業して定年迎えるまでですと。ほんとですよね。人生で一番輝いているときです。
北朝鮮に連れていかれた当事者は勿論のこと、帰還を待ちわびている家族ももう猶予がありません。
松木薫さんのお父様はお母さまの肩に手をかけたまま、息を引き取られたとか。そして、お父様が亡くなられてからお母さまは認知症発生。徘徊もひどくなる一方だったとか。
私の母も認知症ですが、私が娘だとわかっています。薫さんのお母さまも娘さんに「薫はどこ?薫は?」と何度も聞かれたそうです。娘さんは「海の向こうにいるけれど、きっと帰ってくるからね」と、なだめるそうです。
けれど、お母さまは朝から晩まで、海辺のテトラポットに座りずっと息子さんの帰りを待っている。毎日、毎日・・・
そのうち認知症が進み帰りの道がわからなくなってしまい、名札をつけることにした、けれど、その名札も引きちぎる。だから、履物に名前住所電話番号を書いたと。
会場からすすり泣きが聞こえてきました。皆さん私同様身につまされていらっしゃるのがわかります。私と同年代、そしてその親世代が殆ど会場を埋め尽くしていらしたから。ほんとなら、そこに若い人の姿もあってほしかった。まだ、現在進行形の事案です。みんなが我がことのように思ってほしいのです。
その後とうとう病院に入ることになったお母さま。今度は若いスタッフや入院患者に「かおる!」と言ってしがみつくそうです。中には、気性の荒い患者さんもいるようで、時には投げ飛ばされたのか殴られたのか目の周りに青あざをこしらえていたこともあったそうです。
今書いていても涙があふれ出てきます。私の両親とだぶってしまうから。
父もまだ自宅にいるとき私がカギを締めても何度もカギを開けたことがあります。
妹がまだ帰ってきていないからというのです。妹は既に嫁いでいるのに、学生のままだと勘違いしているのです。仕方がないから「今は修学旅行だから」とか言ってなだめます。

薫さんのお母さまはある時から車いすになられます。徘徊もある。へたしたら、病院スタッフがうっかり目を離しているときに外に出るかもしれないし、また、青あざ作るかもしれない。
「足をとりますか?命をとりますか?」と先生に言われたそうです。ですから、はっきりおっしゃいませんでしたが足は拘束されたかもしれませんね。
そして、お母さまも待って待って待ちくたびれて、とうとうこの世を去られたそうです。
娘さんは言われたそうです。天国でお父さんと一緒に薫を探してね。空からの方がよく見えるよと。
横田めぐみさんの弟さんも講演されました。ご両親も随分お年を召され、お父様は特に体調が思わしくないとか。お父様は弟さんの前では決して涙は見せなかったそうです。
ただ、一度、お風呂場でむせび泣いているのを目にしたことはあるそうです。

気が遠くなるような、長い長い歳月。 心が折れそうになるそうです。 そりゃあ、そうですよね。
何とか、今年中に拉致被害者全員の帰国を目指したい!!と大臣も言っていましたが、本当に本当に心底思います。

母の施設に今日も行ってきましたが、正直私のように頻繁に面会に訪れる家族は少ないです。
母の日にカーネーションプレゼントされていた方もごくわずかでした。拉致被害者の家族と違い会おうと思えばいつでも会える環境がどれだけ素晴らしいことかわかってほしい。
もう、みんなと顔なじみの私。ご家族さんの代わりににこにこ愛想を振りまいて参りました(笑)

プロゼミ 小川

東大生

 

akamon最近現役の東大生とクイズで対決するTV番組が始まった。
塾が休みの日に観ると、東大だからどうのこうのではなく一定の知識やひらめきが備わっていれば誰にでも解ける問題が多数あった。
例えば、憲法第25条……そこまでアナウンサーが問題を読み上げたところで、東大生がボタンを押した。その段階で私も答えはすぐにわかった。
憲法25条生存権についての条文だ。国民には「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」である。
すると、聴衆やゲストが驚く。なんで、そんなこと知っているんだと。
おいおい、何を言っているのと私は思う。義務教育中3公民で習ったでしょう。しかも、まじ、ここ点取り問題、絶対テストに出るところ。定期考査前には必ず暗記させる。
つまり、東大生でなくても多分小6でも中3でもわかる。

しかしながら、人間というものは、のど元過ぎれば熱さ忘れるという慣用句があるように、その瞬間瞬間では、しっかり学べていたものが大人になれば必要なくなるのですっかり忘れてしまうのだ。
東大生あるいは、挑戦者たちが一般人と違うのはまさに温故知新。新しいこともどんどん吸収し、反面決して今までに得た知識をちゃらにしないこと。
そして、日ごろから探求心が旺盛であること。
私たちはよく「結局さあ、悪いのはあいつだよね?」とか、「結局ここの答えはこうだよね?」とか、自然に結局という言葉を使う。
この日の問題に結局の由来を問うものがあり、一人の東大生が正解した。ヤマ勘ではなく、彼は、自分たちがよく結局という言葉を使うが、もしかしたら何か面白い由来があるのではと以前興味を抱き調べたのだという。
将棋の対局の終了時勝敗が出た段階で使われている言葉が、結局で、それが一般でも使われるようになったらしい。
ハア~~!! そこだ! そこが凡人とは違うのか! 少しでも何か疑問や関心を持ったらすぐさま調べようというところがすごいと言えばすごいかな。
そうそう、将棋と言えば惜しくも30連勝は、逃したけれど、藤井聡太4段の人気はますます過熱中。
彼が幼少期使っていた玩具をこぞって親は我が子に与えようと購入し現在品切れ状態だとか。また、通っていた幼稚園の教育方法も脚光を浴びている。
私は、このブーム、少し疑問。首をかしげたくなる。
その玩具が、その教育方法がいかに優れていたとしても、それを使う人、そこで学ぶ人自体の問題であって、彼と同じことを我が子に施したところで、我が子にその資質がなければだめだということに気づいていない。
数十年前にいた男子生徒、どこから調べだしたのかわからないデータだが、母親曰く、この名前が一番東大に合格していると。
あやかりたい気持ちはわかる。
でも、ほんと、違いますからと言いたい。
何を与えてもどんな名前にしても、その子が伸びていくためには、もっと他のところを頑張らないといけないと思う。
毎日のきちんとした生活習慣。メリハリのある暮らし。落ち着いた雰囲気の中での家庭での勉強など数え上げたらきりがない。

そして、また、もう一つ気がかりなのは、では、東大に受かればそれでいいのか、有名なプロ棋士になれば、それで万々歳なのかと言うことである。
成績の良しあし、抜きん出た才能の持ち主=人間性の良しあしではない。
人として、一番大切なのは当然だが、人間らしい心を持つことである。

長年塾をやっていると正直成績がいいことを鼻にかける生徒や親御さんはいる。
反対に「うちのような頭の悪い子でも大丈夫ですか?塾に入れますか?」と聞かれたお母さまや、「俺なんか生まれてこなければよかった」などと吐き捨てるようにいった子もいた。
どちらも、間違っている、ダメだ。
けれど両方ともそういう気持ちを抱かせる周囲の環境があるということだ。
特に塾内ではそれが顕著に出る。大切なのは、人に対する思いやりだと言いながらも塾の使命は成績アップ。ジレンマを感じるところではある。
時には驕る様子を見せる子は諫めながら、時には卑下しすぎる子は、おだてたり励ましたりしながら、プロゼミは29年の月日が流れた。

プロゼミ 小川