塾のこと、介護のこと。

プログレスゼミナール

おたふく風邪?

 

新年早々、母がお世話になっている施設から電話。

元日の昼過ぎから高熱、そして、左ほほから耳下腺にかけての腫れ。

おたふく風邪なのか、それとも、ばい菌が入ったのかは不明ですが、三が日を挟むので血液検査の結果が出るのも遅くなるので、デイサービスや、他の方との接触が出来ません、個室で隔離させていただいておりますと。

90近くなった母、よもや、おたふくかぜとは考えにくい。看護師の姪、いとこの小児科医に母の画像を送っても、腫れが耳の周りではなく片方の顔面全体なので、おたふくかぜでは、ないと、思うとの見解。

でも、では、いったい、どこから、ばい菌入ったのかな?ばい菌が体中に回ったらどうしようと却って不安になる。認知症の人は、よほどのことがない限り、体がだるいとか、痛いとかは感じにくくなっています。けれど、さすが初日見に行った時は声も小さくすぐ睡魔に襲われるらしく、話しかけてもうつらうつらしていました。

けれど、気をもんでも仕方ない。翌日も様子を見に出かけました。

すると、息が荒い。苦しそう。「大丈夫?」の問いかけに「大丈夫……」と答えるのも苦しそう(泣)慌ててナースコールを押す。「あの、息が荒いんですけど!!」

すると、部屋に来た看護師さん、「酸素も97%あるし……ああ」と納得したように「鼻くそが詰まってますね」(笑)

いや、笑い事じゃないですよね?(再び(笑))

でっかいのが詰まっていたから、呼吸を邪魔しているわけで、窒息死するかもしれませんよね? てなわけで、テイッシュをこより状にして、鼻の穴に突っ込んで。

出てきました!でっかいのが!!  

良かった。 そのあとは、すうすうと、とても鼻の通りもよくなり、一件落着。

けれど、検査の結果が出るのは、成人の日の連休もあり、結局10日以上かかりました。

入院しているわけではないけれど、同じような状態。よく、入院したら、認知症が進むと言います。母は、人と接するのが大好きなので、ずっと天井や窓の外を見る毎日は、とてもつらそうでした。

看護師をしている姪が、もしもの時はどうするかを考えていた方がいいよと言ってきました。延命治療をするか否か。自宅で介護に切り替えるか病院に移すか等々。

父の入院の時も一番にそのことを聞かれました。

姪は急性期の患者さんを診る病院、つまり、救急病院に勤務しています。最初の所属は集中治療室。ですから、間近で何度も人の生死の境を見てきたわけです。ですから、最もな提案です。私は、もし、母が余命いくばくもないとわかったら、自宅近くの病院に入院させようかなとは、思いました。それこそ、もしもの時は今の施設は遠いので、間に合わないと思ったのです。

けれど、結局おたふくかぜではないことがわかり、かつ、ばい菌による、高熱・腫れだったとしても、抗生物質のおかげで、体調が戻り、10日ぶりにお風呂に入り、デイサービスに行ったら、母が号泣したという話を聞き、やはり、何かの発作や梗塞で救急病院に搬送されるような必然的な理由以外は、施設に置いておく方が母のためにはいいのだと考えを変えました。一人ベッドに横たわっていた時は、やはり寂しかったのでしょう。けれど、その、心の中を上手に言葉や態度として表現できないもどかしさ、ジレンマがきっとあったのでしょう。デイサービスに戻った後の母は満面の笑み。

その後、数日して行われた新年会の母もとても楽しそうでした。

毎回思うのは、どちらサイドで考えているのかということです。

私自身の都合で母の居場所を決めるのか、母自身の意思で決めるのか。

今回のことでも認知症の人にもまだまだ、ちゃんと感情が残っていることがわかります。

これから先も最後の最後まで自問自答し続けると思います。

私自身も今年は気づいてみれば、な、な、なんと63歳になります。一人暮らしだけれど、飼い猫のドナちゃんがいます。最近私の年齢前後の芸能人やスポーツ選手が脳こうそくをおこすニュースを見聞きします。

生徒にも、母にも迷惑をかけますが、私が突然倒れて一番困るのはドナちゃん!!

食事を与えてくれる人が急にいなくなるわけだから。

自分の身にもしも何かあったらという不安も以前にも増して大きくなってきました。

あまりストレスをためないようにしなくては!!

そして、良い食事・睡眠を心掛けなければと、年の始めに思う私でありました。

図2図3図4

謹賀新年

 

170111みなさま、あけましておめでとうございます。

気が付けば、29年目に突入。パパやママになった塾生もどんどん増えてきています。

私の塾は、○○高校何名合格などの実績を掲げてそれを売り物にしている塾ではありませんから、当然あまり秀才・天才は集まりません。

けれど、最近はそうでなくなったのが残念ですが、以前は生徒会や体育祭のブロック長や、部活キャプテン・合唱コンクールの指揮者などをかって出ていた人が多かったです。

大手塾に通う子はそういうのを一切やらなかったり、部活も早退していると聞きました。

そして、合唱コンクールの打ち上げの日程を決める際も自分たちの塾の曜日でない日に決めたがるそうです。

そりゃあ、偏差値は高いだろう、でも、人としてどうだろう?って感じです。

いつも、訪ねてきてくれる私立高校の先生に○○さん、結婚しましたよとか、○○さん勉強はさっぱりなので、大学進学はせずに調理師専門学校に行くそうですとかいうと、そうですか?あの子の店なら僕行きますよ。いい子ですからとおっしゃってくださいます。

1人2人の高校ではないんですよ、数百人1学年にいるのに覚えてくださっているのです。

以前こんなことがありました。プロゼミ卒業生2人がある高校の生徒会役員をしていた時のことです。先生方が、ほんとに心の底からほめてくださいました。とってもいい子で責任感強く頼りになると。

すると、横から別の塾の先生が、うちの○○は頑張っていますか?と聞かれました。

その子の噂は実は先出のうちの卒業生から聞いていました。とても優秀で英検1級も合格したと。

すると、先生が?・どこのクラスですか?と、聞かれました。実は卒業生と同じクラスなんです。しかも、うちの卒業生は3級もまだ受かっていない状況。もう一人の子は別のクラスですが偏差値的には低いクラスなんです。

かたや、優秀な生徒、こちらはお世辞にもそうは言えない。けれど、先生方の印象にしっかり残っている。どちらが大切かしらと、思わせるエピソードです。

で、なにゆえ、このようなことを述べているかというと、電車の中である若い男性の会話が耳に入ったからです。その話の内容を聞いていて思い出した次第です。

偏差値は間違いなく双方高い感じ。だって、四字熟語いっぱい出てきていてお互い会話成り立っていたから。

で、一人の男性が言いました。

「俺、対岸の火事大好きなんだよ。相手が下がっていっている間に俺は相対的に上がることができるから」 はあ~(#^ω^)なんちゅうこと言うんだ、この男と、内心いらいら。

友人もさすが「お前それは性格悪すぎ」と言いながらもまさに自分もそれに遭遇していると、なんやかや話している。「で、その、ヒステリックなおばさんに誰も異を唱えなくてさ」とか言ってる。

おいおい、私が君たちの話に異を唱えてやるぜ!!

……たくって感じでした。俺は相対的に上がるなんて言葉よくご存知で。わかっているからこそ、相対的にと使えるのだろうけれど、私なら一緒に相対的に下がっても助けに行きます。

ほんと、いつから、こんなになってしまったのか。

小4の国語の教科書に必ず今でも「ごんぎつね」が載っているという。

中学の教科書にも、毎年「走れメロス」が掲載されている。

また、中3では森鴎外の名作「高瀬舟」。苦しむ弟の自殺幇助で、殺人罪に問われ島流しになる罪人と船頭の会話が中心だ。そのことにより、死というもの、思いやりなどを学んでいくのだろうが、残念ながら、テストの題材にはされず、かと言って感想を話し合うこともなくただ、1回読むか最所から学ばないか。

中3の男子が「テストに出ていないから知りません、見ていません」の返事。

私が中学の頃は4月に配られた段階でどんなお話が載っているかとわくわくして、すぐよんだものだけれど。

結局点数につながることだけを親も子も目の色変えて追い求める。それでは上っ面の人間しか育たない。人の不幸により相対的に俺は上がれるなんて、決して思ってほしくない。

まだ、間に合う。プロゼミに縁あって入ってきた子供たちだけでも、心豊かな人間に育てたい。

プロゼミ 小川